不安を穴埋めしようとする思考

自分を観ていると思考が止まらないことに気付きます。あれもしなければ…、これもしなければ…と思考が止まらない。

思考がぐるぐると回り続けていて心がここに在らず、仕事の事を考えたりワークの事を考えたり、はたまたは目の前を通っていく人を観てはジャッジしてたりしています。

静かなる内側を求めながらも心に目を向けようとしても思考が動き出してしまいます。

思考は幻想の中に戦場を作り出し、この戦線をどのように潜り抜けるのか、戦場で戦う思考を張り巡らしているのです。

本当は何もする必要はないのに、その場に沸いてきたことだけを受け入れればいいだけなのに…と、知っていながらも、そこにいると何かを体系立てて考えていないと不安が私を襲い「どうにかしなければ」と言う気持ちになるのです。

その場に寛ぐ事が出来ない自分を知ります。

ああ、何か段取りをしたり予測したり、見解を考えたり理由付けをしたり理論付けしたり、形にすることで安心を得ようとしている自分がいるのだなぁと感じています。

先を予測しないと不安な自分。分からないことを分からないままに出来ない自分。だから、思考で考えを固めて自分を安心させている。自分と云うエゴの私の感覚。

思考で考えをまとめて、如何にも納得して建設的に生きているように自分を作り上げている。エゴの満足感。

そこに気付いて思考に操作されていることに不快感を感じている私。

うーん、マトリシカの人形のように剥いても剥いてもエゴの私は『ここに居る』と云う感覚を握りしめています。

思考ではなく、分からないことを分からないままに、静けさの中に居る事。その静けさに寛ぐことを求めながらもありのままに居る事を許していない私。

そうやって、思考の渦へと巻かれていく。そして、これも「夢の中の私の遊びなんだよ」と、もう一人の私が教えています。

起こっていることを信頼して流れを観ていくだけでいいのに、そこに居る事が出来ない私には何が起こっているのでしょうか。

『ストーリーに巻き込まれて同一化している私』 知りながらも同一化から離れれない私がいます。

 

 

 

理解の先の非二元

非二元のお話で、今日はある日の体験を書こうと思います。

非二元の理解を深めたい、もっと理論的に理解したいと思った私は中野晋作さん(非二元について本を出している方)の元に行きました。

4時間に渡り個人セッションをして頂いたのですが終わる頃には私の思考はグチャグチャになり、何をどのように考えていいのか全く整理の付かない状態になっていました。

1+1=2 ではなくなり、感覚としては左右前後が分からない感じで自分が今どうなっているのかが分からない感じです。今までの常識のような感覚はそこには無く、敢えて云うなら宇宙遊泳をしてバランスを崩しているようなぐるんぐるんした感覚に陥りました。

その感覚を中野さんに伝えると「分からないことを分からないままにしておく」とアドバイスを頂きました。理解しようとすること自体もストーリーなのだと…。

結局その日、私は分からない自分自身を放置するしかありませんでした。

 

それから二日後、仕事で出張をしていてホテルに泊まった時の事です。

夢を見ていました。その夢の内容が宿泊先のそのホテルの部屋に幽霊がいるんです。それで、ポンターガイスト現象も起きていて部屋の物が飛び交い夢の中の私はベッドで横たわりながら恐怖で怯えています。そして、その幽霊が私の横に立ち私のパジャマの左袖を引っ張り、私をベッドから引きずつ出そうとしていました。もちろんこれは眠っている夢の中で出来事です。

夢の中の私は恐怖で体が硬直し声が出ません。必死にもがいて抵抗して力を振り絞り、やっとの思いで「やめて~!」と叫ぶことが出来、そこで目が覚めました。

その時、目が開いて目に飛び込んできたものは、自分の右手が逃げる左手首を掴んでいたのです。そうです、私の左手首を引っ張っていたのは右手でした。

これを見たときに何かが府に落ちたような、愕然として力が抜けたような感じでした。

結局、自分の恐怖は自分が作り出している。と云うことです。

そして、『自分はコントロール出来ない』と云うことも同時に沸き上がりました。

自分をコントロールしようとするから苦しみや恐怖や不安が起きるのです。

自分とは真我の『ワタシ』です。

ワタシとは宇宙であり、ワタシの扱っているこの肉体は宇宙の万物の波動のひとつなのです。宇宙の変化の流れの中で宇宙の摂理の一つとして変化をしていきます。

それを私がどうにかしようとコントロールすること自体が流れを止め、抵抗の苦しみを作り出しているのだと体験から教えられました。

「私が選択して生きていている」と思っているこの人生も、「起こしている」のではなく「起こっている」のです。人生は全て起こっているだけなのです。

それを「自分が、自分が…」と云う思いでどうにかしていると思っていたから苦しみや抵抗や執着や葛藤が生まれていたのです。

「分からないことを分からないままにしておく」それは思考の理解を超え、エネルギーとして自分のタイミングで言葉ではない体感として気付いていくものなのだと分かった体験でした。

そう、結局、非二元なんで思考ではわからないのです。分かって言葉にした時点で非二元では無くなります。言葉にすることは形にすることで、形にすると「有る」が発生します。「有る」が発生すると「無い」が生み出されます。だから言葉でも思考でも表現できず、ただ「在る」それなのです。360度全部ある、全部それ、そしてただ「在る」。

理解できなくて分からなくなって、ジグゾーパズルのように嵌め込みが出来なくなったときが「それ」なのです。「それ」は理解を超えたその先にあるのです。

その体験は、そんなことがエネルギーとして感じられました。分からない安心感。ない安心感。それは途方もない安心感。

思考の小さな世界で起こる安心感と全く違ったものでした。

 

しかし、その体験から数カ月経過した今では、その感覚は薄らぎ記憶でしか残っていません。残念ながら・・・。

これも思考に入ってしまったと云う事なのでしょうね。これらの感覚は常に思考を超えた「そこ」にあるのでしょう。

あの体感覚を持ち続けたいのですが、今はそれを欲しがる欲求すら手放して起こることに委ねるしかないのだと思っています。

それが今の私なのだと放っておくことが「私のストーリー」の中に入り込まないことなのだと今にいます。

「心の中のごみ箱」参加者様からのお声

貴重なワークショップの体験ありがとうございました。

自分からあんなにおどろおどろしい表現のイラストや造形が出て来てびっくりしたこと。
自分の辛い感情を引き出し、それを客観的にみること。
一緒に参加した方達の感情を見て、それに共感して涙したり。

大の大人が泣く姿を見る機会って、なかなかないです。
幾つになっても、悲しい気持ちが心の中にあると、
それを引き金に悲しくなって苦しくなって涙が出てしまうという体験を間近でみることができ、
また自分も体験し、とても不思議な気持ちになりました。

最後に自分が描いた絵が、
自分の中にいるもう一人の自分が
少しだけ救われたような気持ちにもなりました。

またワークショップを受けてみたいと思っています。

ありがとうございました!!

30代女性

『自分の可能性をつかみとる』観る 感じる 受け入れる

カードセラピーと表現アートセラピーのコラボのワークショップを行います。
『セラピールームちるどれん』の鈴木明美さんとのコラボワークショップです。

カードは自分の無意識が引き寄せるエネルギーの波動です
明美さんが創る世界でカードを通して内なるヒントを貰い、そして具体的に動いてみたり、絵にしてみたりすることで自分のエネルギーが動きだし新たな気付きへと繋がっていきます。
カードセッションを立体的にした世界を是非体験してみてください。

テーマは『自分の可能性をつかみとる』です。

【メッセージ】
オラクルカードは不思議ですよね。どうしてあれほど的確なメッセージを与えてくれるのでしょうか? カードを引いてはドキリとします。
でも、それは自分の波動が必要なカードの波動と同調して手が引き寄せられてカードをチョイスするのです。
波動は思考を通さず、最適な方向へ流れるすべを教えてくれます。
カードからの波動を更に深めることで、実現化は強くなり自分の可能性をつかみとることが出来る時間です。

<概要>
【日 時】:2017年5月20日(土)10::00~17:00
【会 場】:タワーホール船堀 402会議室
【住 所】:東京都江戸川区船堀4-1-1
都営新宿線船堀駅から徒歩1分
【参加費】:15,000円 (税込)
【定 員】: 12名

<コラボファシリテーター紹介>
◼ 鈴木明美 (セラピールームちるどれん 主宰)
2008年にセラピールーム ちるどれんを立ち上げる。
2012年に子供と育つ街づくりを軸にした団体『縁が和』を立ち上げ、拡大家族をコンセプトに活動中。現在は不登校、引きこもり家族の孤独に寄りそう支援に力を入れている。
ゲシュタルトセラピーとカードセラピー、ネイティブアメリカンの知恵を融合させた独自のワークを提供。

現実は幻想 ストーリーの始り

「私」と云う存在がワタシから離れた話を先日書きました。その話をもう少し続けてみようと思います。

そもそも、「私」と言っている上谷和美は何者なのか?
産まれたばかりの頃は自分を「上谷和美」だとは知りません。 成長過程で名前を呼ばれ、褒められることで喜びの波動が身体に走り、両親から怒られると悲しみや恐怖の波動が身体に走り、波動からの心地悪さで気持ちよいとか、不快だとかの記憶を持ちます。エゴの発生です。
そして、「私」は気持ちよい感覚はもっと味わいたいと思考し始めます。
怖れや悲しみの不快な波動は感じたくないと思い思考は不快な感覚から逃げれるような方法を生み出します。

思考はどんどん不快の波動からこの肉体(有機体)を守るよう知識と経験を付けていきます。
そして、この有機体に固着してこれは「私」として固有名詞を付け上谷和美と呼んでいます。

有機体は宇宙の中に存在する一つの生命体で宇宙の一部の存在です。思考の所有物ではありません。
しかし、波動に良し悪しを付けた時点から分離が始りだしました。
これは味わいたい波動で、これは嫌な波動で、これはやっていいことで、これはダメなことで、これは私の物で、あれは人の物で、人よりも良いものを持ちたくて、人よりも優秀な人材と言われたくて…など。
思考で起こった分離は、どんどん大きくなり分離の世界を作り出します。
そして、上谷和美と云う「私」がいます。

幼い頃から、沢山インプットされたルールがあり、気が付くと、この有機体は沢山の情報と経験から「私は危険だ」と思っている思考を元に観念がインストールをされた有機体になっていたのです。

そして、宇宙のエネルギーのワタシは思考で作り出した「私」を自分と信じ、自分が作り出した分離の世界が本当の世界なんだと信用していたのです。ここに気づいたとき、この幻想を暴き出したような気分でした。
今、起こっている世界は「私」の分離が作り出したストーリーの世界だったんです。

もちろん、このストーリーの世界にも意味があります。ワタシの意識エネルギーがこの肉体を使って体験をしているのですから。
でも、まずはこの現実だと思っていたものは幻想のストーリーで、私も思考が作り上げたイメージの人だったと云うことです。

現実の崩壊が始まりました。

『心の中のごみ箱』参加者様のお声

日常“あー、またこの感覚、この感情”と思いながらも目の前のことに追われて、奥に留めてしまう感情を絵を描いたり、身体を動かしたり、言葉にしたり、筆で書いたりと様々な方法と角度から向き合えることができて、“感じてはいけない”と思っていた感情も大切なことと受け留める心の空間ができました

何よりかずみさんの心地よい距離感での丁寧なサポートは安心して自分自身に向き合えました!
また表現だけでなく理論も分かりやすく心の仕組みも腑に落ちました。

ありがとうございました~!

50代女性

ストーリーの「私」から離れる

非二元の目覚めに関して書き綴りたいと思いながら、なかなか手が動かない私がいます。

どこかで非二元のような考え方を人に話すことで「気が振れた奴」だと思われたくないのかも知れません。

でも、そろそろ そんな自分を認め表現するしかないのだろうと思ったりもしています。

 

私が初めて『私』から剥がれた時のお話です。

私は、非二元論は以前から興味はあったものの知識も浅く、それらしい本を読んでは文字での理解や興味は持っていました。

しかしながら、実感はないまま興味の範囲で終わっていました。

ある日、私は自分でワークショップなどを開催することに抵抗しているとき、「何故それほどまでに私の中に抵抗があるのだろうか・・」と自分に問い掛けていました。答えは、もしも上手くいかなかったら周りの人に笑われる、恥ずかしい、取り残された感じがするなど 最初は他者からの評価が気になっていました。

しかし、本当にソコだろうか…と自分の心を見ていると私は他者の評価を気にしているのではなく、本当は自分が成功しなかった時に「自分が自分に幻滅する」事を恐れていたのです。そう、私は他者評価よりも自分が自分に「出来ない奴」とレッテルを張り幻滅したくなかったのです。私は自分と戦っていたことに驚きました。

しかし、よぉ~く考えてみると、その戦っている「幻滅したくない自分」とは誰なのでしょうか・・・。自分が自分をがっかりさせたくない?? その自分って誰??

「あれっ??」て自分で肩透かしにあったような気分でした。

幻滅したくない自分って、自分が作り出したイメージの自分です。イメージの自分って誰が作ったの? 自分です・・。グルグル回り、自分は「誰」で誰が誰のために身を守っ怖れを持っているのか分からなくなってしましました。

分かったことは「幻滅させたくない自分」は自分が作った幻想で実はどこにも居なかったと云う事。その自分の妄想の自分の戦っていたと言うことです。自分が自分の影を作り、影のプライドを満足させるために苦しんでいたのです。

結果、「私」という人は自分が勝手に思考で「私」と名付けて期待していただけで、「私」と云う実態はいなかったと云う事なのです。その時、初めて「私」と云う幻想から「ワタシ」が離れたのです。そう、私と云うストーリーからワタシが抜けだた瞬間です。

「私」とは実在しない存在なのです。

私の「分離した私」のストーリーから目覚め、分離していることに気付く旅はここからは始まりました。

その後は、中野晋作さん(非二元論の著者)のサポートを貰いながら分離から目覚める旅を進めています。これからは、時々その旅の話と戸惑いと経験を少しずつブログに綴っていこうと思います。

目覚めの旅のスタートにて。。

 

 

台東区「はばたき21」参加者さんのお声

参加者さんのお声です。お声をありがとうございます。

・この体験を大切にしたい。自分を外から見たようで嬉しいです。自分を大事にする方法を見つけてみたいです。今まで自分を責めてばかりいましたが、自分の良い所を取り出せたようで(玉ねぎの芯を見たみたい)いっぱい誉めてあげられそうです。そして自分と同じような思いの人がいることに勇気づけられました。

・思っていたより気づきがあり良かったです。もうちょっと時間があったら良かったです。実際体験できて良かったです。

・自分が求めている事がわかったような気がしました。また、他の方のワークも参考になりました。

・まさに先生が最初の方でホワイトボードに書きながらされていた説明が自分と似ていたので心理学の面でもとても勉強になりました。

・ワークを通して癒されたと同時に暖かい気持ちになれました。ありがとうございました。

・そんなに悩んでないかも…と思っていましたが、自分と向き合うことで涙が自然とあふれてきました。講座の進め方もとても分かりやすく100%満足です。ありがとうございました。

・すごくすっきりした気持ちになりました。自分の理想の家庭ってなんだろうってわからなくなっていたのが、少し見えた気がしました。本当にありがとうございました。

・自分がこんな風に思われているんだ。実際耳にした事や感じた事がないような事を、皆さまからコメントいただきとても嬉しかったのと、新たな自分がわかりました。

・楽しかったです。すごく集中しました。自分の為だけの大事な時間、ありがとうございました。

・自分が出て向き合えました。

連鎖に苦しむ

先日、DV防止活動をしている団体の主催で『パートナーとの関係に苦しむ人向け』としてワークショップを行いました。

参加者さんの年齢層は30歳代から60歳代まで幅広くいらっしゃいました。

最初に 何故そのようなことが起こるのか…の簡単なレクチャーを行い、そのあとは自分を表現するコラージュを行いました。

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殆どの方がこのようなワークは初めてので、ご自分の悩みの根源が何処からきているのかも分からず、自己否定と自己コントロールの中で生きづらさを抱えていらっしゃいました。

パートナーとの関係が上手くいかないだけでなく、もっと大切な子供への接し方で苦しんでいる方も多くいらっしゃいます。

子供に対しての接し方を自分でコントロール出来ずご自分を責めていらっしゃるのです。

悩んでいる胸の内を聴いて、私も辛くなります。

決して、ご自分が悪いのではなく子供の頃からの経験がそうせざる負えない状況を生み出しているだけなんです。それを、ご自分がコントロール出来ないことで自責の念を持たれているのです。

まさに機能不全家族の負の連鎖です。

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実はそう云う私も同じ経験をしていました。私も両親から暴力を受け親の顔色ばかりを見て育ちました。心の中はいつも殴られる恐怖と反抗する気持ちばかりで、甘えることを知りませんでした。一日も早く大人になって家から出たいとばかり思っていました。

そして、20歳で家出をして自立し数年が経ち結婚したときに主人には5歳の子供がいました。一緒に暮らしていくシーンで、その子が甘えて私の背中に寄り掛かってきてきた時に、背中に寒気が走ったのを覚えています。

甘える経験をしてこなかったので、甘えられて気持ち悪かったのです。子供には大変申し訳ないけど。

もちろん、子供に対する教育もとてもクールで優しさよりは他人のような厳しさばかりでした。そんな母性の無い私は異常では無いかと悩んだ時期がありました。

だからこそ、彼女たちの気持ちが分かるのです。自分は失格者ではないかと責める気持ち。しかし、それは自分ではどうにもできません。

誰かのサポートを借りながら、自分の内側で泣き叫んでいる小さな子供に優しく声をかけてあげて欲しいのです。

内側の自分の子供が安心してリラックスするまで、優しく声をかけてあげて欲しいのです。その子供の母親となって…。

そうすると自然と、本当の子供との関係も良くなっていくのです。

ですから、まず一番大切なのは自分を責めたりコントロールしたりするのではなく、自分を労り、優しく声をかけて自分の内側の子供を案させてあげることです。

 

負の連鎖は、何処かで気付いて勇気を持って自分に向き合わなくては終われません。

そんな女性たちの心のサポートが出来るといいなぁと思います。

勇気を出して心の扉を叩いてみてください。まずは、安心できる場所を見つけてくださいね。

いつでも、ドアは開かれていますよ。

インフィニティーに良かったら入らしてくださいね。

http://infinity-sp.com

 

 

 

ジャッジする人

最近、人を見下したり、ジャッジをするタイプの人と一緒に仕事をすることが多いです。

もちろん、その人が人を批判する言葉や行動を見ていると嫌な気持ちになります。

そして、一緒に仕事をしているので自分もジャッジされないかと知らないうちに緊張しているみたいで、日々の疲れが溜まっている感じがします。

『ジャッジ』は今の私の大きなテーマのようです。

だから仕事の人間関係でも、急にそのような人が現れたり、それから自分の個人的な活動においても人の評価が気になったりします。

『ジャッジする人』を見て、そんなことをする人は失礼な人だと私も『ジャッジ』して心の中で怒っていて、そして、反対にいつも『ジャッジ』されるのを恐れて緊張しています。

私の切り離したシャドーは、ジャッジする人として私の前に現れて私に自分のシャドーを見せてくれます。

ああ・・、私の中にあった大きな『ジャッジ』をする心。

人を非難して、上下をつけて、自分を優位に思い、安心して・・。私は何をしているのかと思ってしまいます。

ジャッジする私がいるから、ジャッジする人を見せられる。

自分の世界は自分が作り出しているから、自分の中にある因子が現実(幻想)を作り出すのは当たり前ですよね。それをイライラしている私はなんと滑稽なことなのでしょうか。

要するに、自分の足を食べているタコのようなものです(笑)

そして、その私というのは実は幻想でしかない私です。

幻想(思考で作ったイメージ)の私が、その幻想の世界の『ジャッジする目』に振り回されて恐れを抱いています。それは『エゴの幻想VSシャドーの幻想』と云う事になっています。

このカラクリに気づけは、自然と何かは変わるのでしょうね。

私から見た相手も私が作った幻想であり、私であること。全てが私の一部であり単に気づきのステップの足掛かりであっただけなのだと。

全てがただ起こっていて、自分のなかにもあるものは、今はただ「あっていいのだ」と思えれば、ジャッジは消えてしまうでしょうね。

する人も、する心も、される恐れも。 全て何もない幻想だと気づくのでしょう。

それらは、自分が作り出した怖れの現象だと見破れば、何もない単なる出来事に変わるのでしょうね。