私の目覚めのプロセス➂ 「自分の抵抗と新たな出会い」


私のBlogのようこそ。

私の目覚めのプロセスの続きを書きますね。

 

 

バランスを崩した私。

どんな活動をしたらいいのかさえ分からなくなりました。

悶々としている中、ある時

「楽しめばいいのよ」と内なる声がしました。

 

ふいにそんな声が聴こえてきます。

そっかー、楽しめばいいのね。

今までは、外側と戦うために何かをしなければいけないと思っていたけれど、

今のこの瞬間を楽しめばいいって事ね、と思ったのです。

 

しかし、その『楽しむ』が曲者です。

今までは何度も言っているように、目標や目指す姿があって、そこを指針に毎日行動していたから

私の”楽しむ”は、それに向かって何かをする時や出来た時の、自己肯定感や満足感を満たすことが

私の楽しむだったのです。

今思えば、これは”楽しむ”よりも”喜ぶ”でした。

 

私は愕然としました。

いつの頃からか、お腹の底から「楽し~いっ!」感情を忘れていたのです。

損得なしの、自分の自己肯定感や満足感を満たすためでない、

子供のような”ただ楽しい”感覚はどこにいったんだろう…。

楽しみ方すら忘れていることに気づきました。

 

そして、もう一つ、

目覚めを体験して本当の世界が分かってきたのに、心の一部でザワザワしているのです。

なんだろう…、このザワザワ。。

 

そのザワザワをゲシュタルトワークで取り上げてみました。

ゆっくり自分の感覚に向き合い時間を取って、ザワザワの声を聴く。

 

それを、じーっと見ていると不安が残っていました。

その不安の声を聴くと「そんな事でいいの? 大丈夫なの?」って、新しい感覚の私を突っつきます。

その声を受容して、更に声を聴きます。

「私は頑張ることで生きてきた。生きることは頑張ること!」と、叫びだしたのです。

 

私は涙が溢れました。

これは、私が思春期になった頃から持っていた信念であり、私の生きる力だったのです。

頑張ることで自分を守ってきた私が、急にそれを手放すことは出来なかったのです。

私の信念、観念、私の今までの生き抜いてきた力そのもの。

それが、「頑張らないと生きれない」と信じているのです。

その頑張る私のイメージは、小さな部屋の壁をゲンコツで叩きながら叫んでいました。

 

私は、そのイメージの私に今まで頑張ってくれたことを労い感謝を伝え、

その頑張る私は私の宝であることを伝えました。

そして、今叩いている狭い部屋から解放されて、安心していいことを教えてあげます。

その時間を暫く取っていると、そのエネルギーは穏やかになり、その感覚を身体の隅において

「楽しむことが生きること」と云う感覚にシフトしていくのを感じました。

私の観念のバトンタッチです。

 

そう、私はこのザワザワの感覚から自分の奥底に染み込んでいた

「頑張らなくては生きられない」と云う観念を知ることが出来、

その自分を大切にしながらも、やっと新たな私に変化する事が出来たのです。。

 

そのあと、ワークは内なる子供と出会うワークに入りました。

私の小さい頃の私に出会います。

その小さい頃のイメージの私に声を掛けます。

「あなたの好きなことって何? 教えて?」

「あなたの行きたい場所に私の手を引いて連れて行って。」

 

子供の私は驚いた顔をしています。

今まで自分の好きなことを聴いてもらえると思ってなかった様子です。

それが、好きなところに行ってもいいの?って戸惑っている様子です。

そして。私は続けます…。

 

「これからは、あなたの好きなところに私を連れて行ってね」と伝えると、

子供の私はビックスマイルを私に見せて、私の手を握ってズンズンと歩く姿が見えました。

私はまた涙が溢れます。それは、喜びの涙です。

 

私はお腹からただ楽しむことが分からなかったけれど、このワークを終えて、

これから本当の楽しむことをこの内なる子供が教えてくれるように思います。

 

これらのプロセスを得て

やっと目覚めの体験が私に変化を与えてくれたように思います。

 

では、今日はここまで。

その経験の続きは次回。

 

 

 

 

 

 


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