非二元

内側の感情が風景に変わる

前日、友人から心理療法のモニターを頼まれて音楽療法と云う心理療法を受けてきました。

音楽療法を初めて受けたのですが、進め方は私がマットの上に寝て目を閉じてクラッシック音楽を聴いていきます。セラピストは催眠療法のように私が少し変性意識になるように誘導していきます。

私は感覚や感じた事や映像が浮かんだらそれらをセラピストに伝えていくやり方です。

音楽と共に誘導されるのでリラックスしやすくて、奥深い感情に触れやすいみたいです。

セッションが始まり私は段々と深く入っていくと考えて答えるよりもイメージが浮かんできて、そのイメージを答えるようになっていきました。

勿論、私の意識ははっきりしています。だけど思考よりもイメージや感情が優先される感じですね。

深く入っていくと、ふと一人の淋しさを感じてきました。それは集団の中にいても一人ぽっちの淋しさの感じです。

小学生の時にイジメにあっていた時の覚えのある感覚。

そうすると、色んな感情が私の中に同居しているのがイメージで湧き上がってきました。

感情別の私が一人ずつ存在している感じです。

孤独の私、寂しい私、そんなネガティブな私を亡き者にしようと見ないふりをする私、孤独感や寂しさを受容すよとうする私、そんな対立が行われているのを見て失望する私。

沢山の私がいて、内側のスペースに混じり合ってます。

ちょっと、驚きました。

私の中で小競り合いをして、認めたくない私を亡き者にしようとしているのですから。

今までは思考で自分をコントロールしていたのかも知れません。

そして、このセッションではそれらの存在を認めてこの感覚と一緒にいました。

やり慣れていなくて、心地悪い感じですが、思考が弱まっているのでコントロール力が弱まりそのまま受け入れるしかないと云うのが本音です。

そうすると、次第に自分の感情が単なる風景のように見えてきて、内側の小競り合いやネガティブな人格たちのイメージは、電車の窓から見るような外の景色と同じようなものになってきたのです。

そこに在ることを許されると感情と自分自身の間に空間が出来て、ちょっと別のものになった感じでしょうか。

それは日常生活で見ている風景のビルがあったりクルマが走ってたり、信号があったり、鳥が飛んでたり…となんら変わらないように思えたのです。

単に在るだけ。

自分と感情を切り離す事が出来て、感情をゆったりと見てあげれるゆとりが出て来ました。

今までは、自分の受け入れれない感情が起こるとそれを否定して、その感情を認めるのが怖かったように思います。

それは自分の枠のようなものが壊れる感じがしていたのかも。そんな根拠のない恐怖。

でも、実は内側の世界も外側の世界と同様にただ在るだけで、それを全部そのまま見たところで何も恐ろしいことは起こらない。っ事。

今回の音楽療法は予期せぬ深いところの自分に触れたように思います。

自分が変化していくプロセスは自然に起こってくるんですね。人からの偶然の出会いがプロセスへと進めてくれています。

内側で起こる事も、外側で起こる事も全てにYes と云って受け入れるのは私のエネルギーを滞りなく運んでくれるように思います。

第2回目 非二元好きな方のお茶会しました

先日、第2回目のお茶会をしました。

1回目よりも興味を持って下さった方がいらっしゃり、仲間が増えました。

 

日常生活では人に言えない非二元の話題を思いっ切り仲間同士でお喋りし合う楽しい時間を持てたことに感謝しています。

 

情報交換をしたり、最近の自分なりの「目覚め」について感じていることを話してくれたり、ご自分の一瞥体験をお話しくださったり、話題はともかく普段お喋り出来ない事。笑

 

どなたのお話しも興味深く「うんうん、分かる〜」と自分に振り返っては自分の経験に照らし合わせたり、知らない事は興味津々で聞いたりして、同じ話題でも幅も深さも広いなぁと思って伺ってました。

 

この仲間のおしゃべり会は、スピリチュアルティーチャーがいない事で参加者全員が自由に、今起こっている自分の体験や理解をシェアができます。

そうする事で、日頃は口に出せない不安感を表現したり、シェアする事での安心感を得れるような気がしています。

まずは、私がそうだから。(笑)

 

目覚めとは、言葉では語れない自己の中に出てくる感覚だと思うから誰かに教えてもらうのではなくて、自分の今のプロセスを感じ語り合うことで、お互いに影響し合って新たな気づきに繋がるように思います。

もちろん、スピリチュアルティーチャーが存在して導いてくれるのも有難いのですが、時にはこんなお喋りを思いっ切り楽しめる場があるのは嬉しいものです。

 

場を作って下さった参加者の皆様ありがとうございます。

 

そして、参加者の皆さんから頂いた「また、次もやろう!」のお声に第3回目のお茶会を企画する予定です。

その時は、是非ご参加下さいね。

 

 

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そこにまた戻るのかぁ

だいぶんと涼しくなって、少々寒いって感じがする日も出てきました。

私の方は何か静かにしていたい気持ちで、モチベーションも上がらずゆらゆらと暮らしている感じがしています。

 

ここで考えているのは誰なのか?

私なのか、私が居なければ宇宙の起こっている出来事の一つなのか。

 

屁理屈が始まります。

またいつものように分かったかのように思考で理解を並べて、片付けてる感じがしているのです。

 

「ああ…そうか…」と腑に落ちたつもりになっても、そこを味わっていくうちにいつのまにか思考に囚われてて、腑に落ちたつもりのことがまたいつもの思考のグルグル巻きの中に入り込んでいくのです。

 

イメージで例えるとすれば、黒色の事に気付いてそれを理解していくうちに、いつのまにかまた白色になってる感じなんですよね。

 

やっぱり気付いた事を思考で自分に言い聞かせて理解している いつものパターンにハマっています。

 

そんな時に友人から「今のあなたの感覚はどうなの?」と問いかけられました。

自分の内側に触れると、不安感や焦りや言葉にならないモヤモヤ感が浮き上がってきます。

「でも、これは私の感覚じゃないから。私では無いから。」などと強がりを言ってみせます。

「誰の感覚でもいいんだけど、それは今のここで確かに存在していると感覚よね」と友人。

 

私はその言葉で何故か泣けてきました。素直になった涙なのかも知れません。

 

屁理屈で   『在るものを無かったもの にする』のでは無く、『在るものを在るものとして自覚する 』と言うことにまた立ち戻りました。

 

内側で起こっている感覚に敏感になる

外側の出来事や頭にフォーカスせず、お腹の感覚にフォーカスする感じ。

 

非二元などと屁理屈を言う前に自分の内側で起こっている感覚を自覚すると言う、本当に心理療法で言っている基本的なところに辿り着くのです。

個人を味わい体験し尽くし、起こることに従っていく。

 

体験を良いもの悪いものに分けず、そこに在るものを受け入れていく。

結局全ては内側に存在していて、それを自覚して受け止めていく。

感じることでなるものに従っていく。

 

その内側外側の『在るもの』全てが在るものとしてその場を作り出す全体性の流れの中にあると、この瞬間腑に落ちてます。

(この思考はそのまま手放しますね。またグルグル巻きになってしまうので  笑)

 

少しこんな風に感覚が変化してきています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その先にあった喪失感

前回からの話で、自分は居ないと云う気付きの話をしたいと思います。

一番最初の体験は自分のエネルギーは全てと一つで繋がっていて、自分と言う個体は自分ではなくて、宇宙の一部でしかないと感じた事。

これは大きな喜びで至福の体験でした。

 

そして、今度は思考の観点からの気づきで「自分を安心させたいから説明を求め納得させる」と分かり、 自己の存在が露わになりました。

納得することに執着せず、分からないままにしておくことで自己から離れることができ、自己はおらず、『意識』だけが宇宙の流れの中にある真の存在だと分かってきました。

私はこれに触れた時に、何故か心の底で喪失感を感じたのです。

自分が死ぬ恐怖とは違い、自分の人生が無くなる喪失感です。

自分の人生はコントロール出来ないと十分に理解しているのにも関わらず、これに気付いた時には土壇場に追いやられた動物のように自分の人生が無くなってしまう恐れや喪失感を感じているのです。

 

「私は居ない」   本などを読んで理解することを憧れていた言葉ですが、ここに来て、その意味が私の身体にのしかかって来た時には抵抗している私がいます。

正しく言えば、その感覚を受け入れれないのと、それを受け入れた時に次元の違う世界に入り込んで平衡感覚を失うようになる感じがしているのです。

 

正直、至福はなく、こんなハズじゃ無かったって感じです。

一体私は何を求めていたのでしょうか。

幸せの青い鳥を求めていたのでしょうか。

『真実』と言いながらも幸せなゴールを求めていたのだろうか。

ここに来て、自分のエゴを見せつけられて苦笑するしかない感じです。

 

自己を満足させるために自己探求が始まり、自己探求はエゴのエネルギーが動力で動いていて、気付いた事でエゴエネルギーがシャットダウンされ自己満足ではなくて自己消失でした   って物語。

 

ストーリーから抜け出す。

でも、慣れ親しんだストーリーの舞台から降りるのは怖いのです。

 

変な話ですね。

そして、その怖さを感じている私は誰?

 

力を入れて握りしめている限り、終わりのない禅問答が行われます。

その力を緩めてえ手放した時に落ち着くのかも知れません。

ちょっと今は、平衡感覚を失ったような重力の違う次元に居る自分と一緒に過ごしている私です。

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10/ 21にお茶会をします。

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飽くなき探求の行く先は

最近、一気に涼しくなってきましたね。

先日、中野真作さんの東京リトリートに参加してきました。

一日目は『悟りとは』と云うような概念を話して下さいました。

人間であると思っている思い込みの事や、人間としての個人を癒していくと、次に自然と人間としての思い込みが緩んでいく事。

そのために考えることを止めて感じる大切さ、言葉の世界から抜け出して、安心してそこにいる事。

そして、そもそもそれらは『悟り』と云うストリートでしかなかった事。

話の中でまずは、思考を止めて内側の感覚に気づいていく。と仰ってました。しかし、その思考は自分のものではなく宇宙の流れの一つでしかない。とも伝えて下さいました。

 

ここまでくるとパラドックスのような話になります。思考を止める事は出来るのか出来ないのか。どっちがら正しいのか間違っているのか、ゴールの方向性はどっちなのか思考で理解したくても分からなくなります。

 

今までの私なら、セミナーなどを受けると「ああ、そうか、そうゆう事か」などと何かを得られるのですが、今回はリトリートが終わってポッカリと穴が空いている感じがしています。

 

自己探求をするのに、心理学を始め、そして心理学から非二元と云う所に答えを求めて辿り着き、悟りと云うゴールがありそこに辿り着くと何が得られるかのように飽くなき探求をしていました。

自分が納得できる何かを探していたのだと思います。

 

しかしそれは、「自分がいる」と思っているから自分の納得を必要としていた事に気付いたのです。

そもそも、納得させる自分など居ないのに、私は「納得しないとストーリーの結末である自我は無くならない」と思い込み。

「理解」は自分を納得させるツールなのに、「自分はいない」と云う理論を理解したいと云うパラドックス。

最後には言葉で表せない世界に入るしかなくなるのです。

諦めて安心するか、不安になるか。。。

 

不安であれば、まだ自分というものを納得させたいのでしょう。

不安でいる限りは「自分」と云う自我を握りしめているのだから、ただ個人を癒していく。

諦めて安心した時には、全部を手放してストーリーから抜け出せるのでしょう。

 

そして、私の飽くなき探求は不要だったと気付いて、力が抜けているのです。

探求とは自分が存在していることを前提に探求し納得を求め、落ち着き場所を探していたのです。

そこに自分がいる視点から見ていたこと。

この理解したい気持ちは自己主張だった気付き。

なんか、根底から覆された気付きでした。

だからポッカリと穴が空いている気分なのかもしれません。

リトリートから一週間が経ち、ちょっと自分を俯瞰して観ている私です。

 

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色んな角度からの『ありのまま』

こんにちは。まだまだ暑いですね。

最近思う事は、『ありのまま』っていう言葉をよく聞いたり口にしたりするけど、色んな角度からの『ありのまま』があるよなー、って思うのです。

 

ゲシュタルトでも『ありのまま』と言いますし、非二元の本の中でも『ありのままの存在を認める』なんて言うし、多くの人がその言葉を使って会話をしています。

『ありのまま』は文字通り、見たものそのものあるがままなんですが、でも、この『ありのまま』って言葉、使う人や受け取る人によって様々な理解があるように思うのです。

 

そして時々、私はどの『ありのまま』なんだ? って思うのです。

私が混乱する『ありのまま』…

 

一つ目の『ありのまま』は

起こっている出来事を『ありのままでいい』と片付けて、自分の感情やそれらの出来事で感じている感覚に触れないようにして逃避するための都合の良い『ありのまま』。

自分の内側に触れず、思考だけでその場をやり過ごす感じです。

私は以前までこれをよくやってました(笑)

今も思わずやってしまうかな。

本などの知識から状況を理解して思考で整理して蓋をしてしまう感じですね。

 

二つ目の『ありのまま』は

自分の内側で起こっている感情を感じ、それが起こっていることをそのまま許していく『ありのまま』

怒りも悲しみも喜びも味わいながら、個人の感覚に起こることに任せていく『ありのまま』

これは私にとっては、それを感じる勇気と感情と一緒にいる事を自分に許す感じです。

 

三つ目の『ありのまま』は

個人の感覚からも離れ、エネルギーとして起っいるだけの事を全体の流れの中で体験していく『ありのまま』

全ては何も起こっておらず、ただその事が存在しているだけで安心感ともとに体験を観ている感じです。

 

どの視点の『ありのまま』でも、それがその人に必要な形の『ありのまま』だからそれでいいと思うんだけど、私は「今の自分はどのありのままを味わっているんだろう?」って迷子になる時があります。

 

そんな中で思うのは、三つ目の『ありのまま』は二つ目の事をやらないと三つ目と一つ目が分からなくなっちゃう事。

 

まだまだ私は三つ目の『ありのまま』には、一足飛びには行けず個人的な身体感覚をじっくり味わい付き合い、それを感じる事を許した時に個人的感覚から抜け出しエネルギーとして、それらを俯瞰して見ることのできる視点に変化していくように思います。

ネガティブな事であれば、そのエネルギーを持っている自分個人を受け入れ統合していく感じでしょうか。

 

自分個人の内側の癒し切り離した自分を取り戻す事で、個人としての統合が起こり本当の意味での安心感を得れるように思います。

私たちは多分、この意味での『ありのまま』を求めているように思います。

 

そして、その先には個人の肉体を超えて、全てがエネルギーでしかなく、そのエネルギーの現れでしかないと安心感と共に存在出来るように思うのです。

『ありのまま』と言いながら私たちは安心感を求めているのでしょうね。

 

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深まる体験、そして少し恐ろしさ

先日、散歩をしていた時に面白い感覚になりました。

中野さんのリトリートで、私にとってはとても深い体験をして、その感覚を身体に浸透させつつも感覚が薄らいでいく日常生活に戻っていました。

 

そんなある日曜日、日課にしている散歩に出かけました。

いつも歩く神社の公園。

その日も同じように歩いて、いつもと同じ木々が茂る中に入った時、何か違う感じがしたのです。

 

いつもと同じ木々の風景の中に、何か生命のエネルギーのようなものを感じるのです。

『生命力』って言葉が頭の中に響きます。

私は鳥肌が立ってきました。

何か物凄いエネルギーのようなものを感じるのです。

鳥たちにも雑草にも大地にも…、その空間全体が生命力とか生命のエネルギーに溢れている感じ。私の心と身体がゾワゾワします。

『生命力』って…、なに?

 

私の生命、木々の生命、草や鳥たちの生命。

全てプロセスの中で生老病死を辿る。

私の身体も60兆個の細胞で作られた有機体で、木々や草や鳥と同じ有機体として生命を持ち、この場に存在している。

この場にいると、全ての生命エネルギーが一つになっている感じなのです。

私は全体性の中の一部…。

全てのエネルギーは一つで、私個人はおらず、木々も私も同様で一つのもの。

個体はあるけれど感じられず融合している感じ。

 

私は訳がわからず、立ち尽くしました。

訳が分からないと云うのは言葉に出来ない感覚なんです。言葉では無くて感覚で身体全体でそれを受け取っている感じなのです。

私は呆然とその木々の中に立ち尽くし、そのエネルギーに溶け合い、存分に豊かな感覚を味わっていました。

気付くと30分ぐらいその場で立っていました。

穏やかで豊かな時間でした。

 

何だろうか、この感覚。

中野さんのリトリートのブレスワークで体験したエネルギーと同様だけど、今度は優しく融合して私が木々や鳥や空間と溶け合った体験でした。

 

最近、理解では無いところで体験が進んでる気がします。

全てエネルギーは一つで私たちはそのままエネルギーの現れなのだと、理解ではないところで浸透してきているように思います。

 

そして、少し今まで理解していた常識からズレていく恐ろしさも感じています。

 

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非二元の好きな方のお茶会 二回目

★★★非二元好きのお茶会  二回目★★★


非二元論(ノンデュアル)の好きな方

集まってお茶会をしましょう❗️
 
非二元の話題を思いっきり喋りたい!
仲間と集いたい。
 
そんな目的でお茶会をしています。
 
私も非二元の話って誰とも出来ず、本を読んではモヤモヤしたり自分なりの解釈をしたり。
だから、そんな話題を仲間同士でお話できるお茶会です。
今回は2回目です。
気付きが深まっている人も、気付きに気付き始めた人も〝起こっている場″を分かち合いましょう
興味のある方は是非お集まりください😊
■日時 : 10/21 (日) 13:00-16:00
■場所 : 東京都墨田区ビックシップ 2F和室
             https://www.cp-bigship.net/アクセス-地図/
■参加費 : 1,500円
■主催者 :インフィニティー (上谷 和美)
■お申込み先 :  こちら
タイトルに『お茶会』とご記入下さい。
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中野さんリトリートで一つになる体験

中野さんの温泉リトリートでブレスワークをした時に、面白い体験をしたのでその事を書こうと思います。

 

会場で参加者全員が頭を輪の中心に向けて、寝っ転がりました。隣の人とはお互いに手を広げれば触れ合う程度の間隔。

中野さんのリードによって、ブレスワークスタートです。

 

ブレスワークとは、意識的に呼吸を早く大きくする事で自分の内側にある感情などが出てきやすくなります。その感情を出して、感情が流れるままにしていきます。そうすると、自分の深いところの感情も解放しやすくなるワークです。

一般的には悲しみが浮いてきたり、寂しさが浮いてきたら、そのあと笑いが浮いてきたりして、最後には静寂へと戻ります。

 

音楽が鳴りだし、中野さんの「はーっ、はーっ、」と言うリードによって私も呼吸を大きく早めていきます。

少しずつ過呼吸に近い状態になり左手が痺れてきました。その痺れは左側全体へと広がります。

ジンジン、ビリビリ、ジリジリ…、

呼吸は相変わらず「はーっ、はーっ、はーっ」と続けます。

実は左側は少し前から体調が悪くアチコチに痛みがありました。痺れを感じながら、私は「体調の悪い方が反応してるなぁ」と思考が動いてます。

痺れはさらにビリビリ感を増してきます。

ピリピリ、ビリビリ、ざらざら…。

思考で感覚に意味付けをしたくなる衝動を一旦止めて、痺れだけを感じることにしました。

 

そうすると、このビリビリする感覚が身体から抜け出て広がり始めます。物凄い勢いで!

それと同時に私が、その痺れのエネルギーになっていたのです。

感覚的には私はエネルギーとなって広がり始めているんです。

いやいや、エネルギーが私なのです!

 

そのエネルギーが一気に身体中から溢れ出ている感じ。

私の身体はブルブルと小刻みに震え、失神するかのように手も足も身体も全身がガタガタ動き出しています。

口はこれ以上大きく開けれないぐらい、大きく開けて、「わぁぁ〜! うぇ〜〜っ! 」と大声が出てます。

そして、感情が込み上げてくるんです。悲しいような、切ないような、愛おしいような、喜びのような…、言葉では表せない感極まった感情が湧いてきて涙が溢れます。

鼻水も出ます。

声も泣き声になったりします。

そんな状況下でも頭の片隅では、「何が起こってるんだ! 身体がこのままじゃ張り裂ける〜。」って自分を見ているんです。

 

そして、それと同時に身体から放出されたエネルギーの私は外へと広がり、会場から見える海や山々や木や草や全てのものと一つに混ざりあったのです。そして、会場にいる全ての人ともエネルギーが混ざり合い本当に一つになった感じなのです。

私はエネルギーでエネルギーが私で、そのエネルギーは全てのものと繋がってて、それは一つで、一つのエネルギーが形を変えてそこに存在しているだけでしかなかったのです。

 

それを体験しながら、私の感情は 喜び と 悲しみ と 愛おしさ と 安心感 などの『感情』とも言えない波動のようなものが、満ちてきたり、そして引いていったり、そして、また満ちてきて大声で泣いて叫んで、そしてまた引いて静かになる。

そんな時間を過ごしました。

 

最後に呼吸が静まり、余韻に身を任せているときは幸せでたまりませんでした。

私たちは私ではなく、エネルギーだったのです。全ての創造するものは一つのエネルギーで、それらは単なる現れでしかなかったのです。

隣の人も同じエネルギーで現れ方が違っていただけで、エネルギーに境界線も分離もなかったのでした。

全てがこの身体を作っているエネルギーと同じでした。

 

言葉で伝えると、とても気狂いじみた言い方になりますが体感が私に教えてくれたのです。

そして、それを確信していた時、私はとても平安で満たされていました。

 

体験に意味を付けずにそのままにしておく、言葉でラベリングせずに感じ続けることで、分離の無くなる始まるのだと思います。

グループの皆さんがいるからエネルギーが高まり、そのエネルギーのお陰でこんな体験が出来たリトリートのワークでした。

何か貴重な体験をしたように思います。

 

中野温泉リトリートに参加してきました

先日、中野真作さんの皆生温泉リトリートに参加してきました。

参加して一週間が経過しましたが、実はまだ私の体の中では言葉にならない感覚が熟成中のような感じがしています。

 

当日は集合時間が13:00とゆっくりスタート。

私は8:30には現地に入っていたので、まずは近くの海岸を散策。

砂浜の海岸は人もまばらで車の音もなく、トンビの鳴き声が聞こえてくるぐらいの静かな空間。

私はのんびりと浜辺に座り海を眺めて時間を過ごします。体内時計がゆっくりとした時間へと切り替わっていく感じ。

そこからリトリートの準備に入っていたのかも知れません。

 

いよいよリトリートスタートです。

旅館の最上階で三方向がガラス張りの会場。

海や山の眺めがよく、開放的で気持ち良い空間でした。

参加者さんと始めて顔を合わせて、ちょっと緊張している私。

でも、皆さんの関心や思いは同じなので、どこか同士のような安心感。

 

中野さんのお話でリトリートのお話は進みます。参加者の皆さんが個々に感じている事を話し出します。

中野さんのゆっくり穏やかな話し方は、私の体内時計を更にスローペースへと変えていきます。呼吸が自然と深くゆっくりになる感じ。

日常生活の世界から、違う次元へ移行している感じです。

 

ワークでは、ブレスワークや感情に触れるワークをして身体の中に籠っているエネルギーを発散させては、次に静かに瞑想をする事をしました。

放出しては内側のエネルギーに触れる。浄化しては沈黙する。

発散した後の沈黙は、安らぎや心地良さがあり思考が流れても思考に巻き込まれず、沈黙のスペースを保つことが出来ていました。

 

これを繰り返していくと、言葉ではなく身体の深いところが『安心』と云う感覚に満ちてきます。

このリトリートは、言葉の解釈や説明ではなく、この安心や守られている感覚を肌で直接体感させてくれるエネルギーの場なんだ分かってきます。

目覚めのプロセスが「何か」を知るよりも体験する。ありのままを安心して感じる。

そんな時間でした。

 

今まで中野さんのお話会は何度か参加しているし、スカイプセッションも受けていましたが、私はいつも思考での理解を求めていたから、今ひとつ物足りなかったり、スッキリしなかったりしていました。

でも、実は中野さんのセッションというのは、言葉ではなく癒しのエネルギーの体験や共有だったんだと今更ながら知った次第です。

お話会では分からなかった事が、理屈でないところで身体で分かってきた感じです。

もう、そうなると何を質問しても中野さんの返事は予想がついてしまうから聞く必要となくて、ただ沈黙(心のスペース)を共有して安心を感じていくだけになりました。

 

そして、リトリート自体のプロセスも面白い事が起こってきます。

まるで台本があるかのように、私に必要な事が参加者のディスカッションの中で起こりました。

グループの持つ力は本当に素晴らしいと思います。自分の内側で起こっている問題がその場で起こり、体験的に見せてくれるのですから。

この体験を安心できる状況下で体験して自分に触れれた事は最高のギフトでした。

自分の内側にも外側にも素晴らしいプロセスのあった三日間のリトリートでした。

 

自宅に戻り、リトリートの時にメモした手帳を改めて読み直してみるのですが、何故か言葉がとてもチープに感じます。

言葉を読み返しても心が動かないのです。

やはり、中野さんのリトリートは目覚めるための方法を言葉で知るのではなく、体験しにいく場所だったのですね。

その感覚を今度は自分自ら感じれるよう、暮らしを観ていく。

まずは、ゆっくりと呼吸をして内側を感じて、そのままを受け止めていく。

安心して流していく。そして、流れていく。

それらをお土産に持ち帰ったリトリートでした。

 

 

リトリートのワークの中で面白い体験をしたので、それは次回書かして頂きますね。

 

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