非二元

飽くなき探求の行く先は

最近、一気に涼しくなってきましたね。

先日、中野真作さんの東京リトリートに参加してきました。

一日目は『悟りとは』と云うような概念を話して下さいました。

人間であると思っている思い込みの事や、人間としての個人を癒していくと、次に自然と人間としての思い込みが緩んでいく事。

そのために考えることを止めて感じる大切さ、言葉の世界から抜け出して、安心してそこにいる事。

そして、そもそもそれらは『悟り』と云うストリートでしかなかった事。

話の中でまずは、思考を止めて内側の感覚に気づいていく。と仰ってました。しかし、その思考は自分のものではなく宇宙の流れの一つでしかない。とも伝えて下さいました。

 

ここまでくるとパラドックスのような話になります。思考を止める事は出来るのか出来ないのか。どっちがら正しいのか間違っているのか、ゴールの方向性はどっちなのか思考で理解したくても分からなくなります。

 

今までの私なら、セミナーなどを受けると「ああ、そうか、そうゆう事か」などと何かを得られるのですが、今回はリトリートが終わってポッカリと穴が空いている感じがしています。

 

自己探求をするのに、心理学を始め、そして心理学から非二元と云う所に答えを求めて辿り着き、悟りと云うゴールがありそこに辿り着くと何が得られるかのように飽くなき探求をしていました。

自分が納得できる何かを探していたのだと思います。

 

しかしそれは、「自分がいる」と思っているから自分の納得を必要としていた事に気付いたのです。

そもそも、納得させる自分など居ないのに、私は「納得しないとストーリーの結末である自我は無くならない」と思い込み。

「理解」は自分を納得させるツールなのに、「自分はいない」と云う理論を理解したいと云うパラドックス。

最後には言葉で表せない世界に入るしかなくなるのです。

諦めて安心するか、不安になるか。。。

 

不安であれば、まだ自分というものを納得させたいのでしょう。

不安でいる限りは「自分」と云う自我を握りしめているのだから、ただ個人を癒していく。

諦めて安心した時には、全部を手放してストーリーから抜け出せるのでしょう。

 

そして、私の飽くなき探求は不要だったと気付いて、力が抜けているのです。

探求とは自分が存在していることを前提に探求し納得を求め、落ち着き場所を探していたのです。

そこに自分がいる視点から見ていたこと。

この理解したい気持ちは自己主張だった気付き。

なんか、根底から覆された気付きでした。

だからポッカリと穴が空いている気分なのかもしれません。

リトリートから一週間が経ち、ちょっと自分を俯瞰して観ている私です。

 

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10/ 21にお茶会をします。

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色んな角度からの『ありのまま』

こんにちは。まだまだ暑いですね。

最近思う事は、『ありのまま』っていう言葉をよく聞いたり口にしたりするけど、色んな角度からの『ありのまま』があるよなー、って思うのです。

 

ゲシュタルトでも『ありのまま』と言いますし、非二元の本の中でも『ありのままの存在を認める』なんて言うし、多くの人がその言葉を使って会話をしています。

『ありのまま』は文字通り、見たものそのものあるがままなんですが、でも、この『ありのまま』って言葉、使う人や受け取る人によって様々な理解があるように思うのです。

 

そして時々、私はどの『ありのまま』なんだ? って思うのです。

私が混乱する『ありのまま』…

 

一つ目の『ありのまま』は

起こっている出来事を『ありのままでいい』と片付けて、自分の感情やそれらの出来事で感じている感覚に触れないようにして逃避するための都合の良い『ありのまま』。

自分の内側に触れず、思考だけでその場をやり過ごす感じです。

私は以前までこれをよくやってました(笑)

今も思わずやってしまうかな。

本などの知識から状況を理解して思考で整理して蓋をしてしまう感じですね。

 

二つ目の『ありのまま』は

自分の内側で起こっている感情を感じ、それが起こっていることをそのまま許していく『ありのまま』

怒りも悲しみも喜びも味わいながら、個人の感覚に起こることに任せていく『ありのまま』

これは私にとっては、それを感じる勇気と感情と一緒にいる事を自分に許す感じです。

 

三つ目の『ありのまま』は

個人の感覚からも離れ、エネルギーとして起っいるだけの事を全体の流れの中で体験していく『ありのまま』

全ては何も起こっておらず、ただその事が存在しているだけで安心感ともとに体験を観ている感じです。

 

どの視点の『ありのまま』でも、それがその人に必要な形の『ありのまま』だからそれでいいと思うんだけど、私は「今の自分はどのありのままを味わっているんだろう?」って迷子になる時があります。

 

そんな中で思うのは、三つ目の『ありのまま』は二つ目の事をやらないと三つ目と一つ目が分からなくなっちゃう事。

 

まだまだ私は三つ目の『ありのまま』には、一足飛びには行けず個人的な身体感覚をじっくり味わい付き合い、それを感じる事を許した時に個人的感覚から抜け出しエネルギーとして、それらを俯瞰して見ることのできる視点に変化していくように思います。

ネガティブな事であれば、そのエネルギーを持っている自分個人を受け入れ統合していく感じでしょうか。

 

自分個人の内側の癒し切り離した自分を取り戻す事で、個人としての統合が起こり本当の意味での安心感を得れるように思います。

私たちは多分、この意味での『ありのまま』を求めているように思います。

 

そして、その先には個人の肉体を超えて、全てがエネルギーでしかなく、そのエネルギーの現れでしかないと安心感と共に存在出来るように思うのです。

『ありのまま』と言いながら私たちは安心感を求めているのでしょうね。

 

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深まる体験、そして少し恐ろしさ

先日、散歩をしていた時に面白い感覚になりました。

中野さんのリトリートで、私にとってはとても深い体験をして、その感覚を身体に浸透させつつも感覚が薄らいでいく日常生活に戻っていました。

 

そんなある日曜日、日課にしている散歩に出かけました。

いつも歩く神社の公園。

その日も同じように歩いて、いつもと同じ木々が茂る中に入った時、何か違う感じがしたのです。

 

いつもと同じ木々の風景の中に、何か生命のエネルギーのようなものを感じるのです。

『生命力』って言葉が頭の中に響きます。

私は鳥肌が立ってきました。

何か物凄いエネルギーのようなものを感じるのです。

鳥たちにも雑草にも大地にも…、その空間全体が生命力とか生命のエネルギーに溢れている感じ。私の心と身体がゾワゾワします。

『生命力』って…、なに?

 

私の生命、木々の生命、草や鳥たちの生命。

全てプロセスの中で生老病死を辿る。

私の身体も60兆個の細胞で作られた有機体で、木々や草や鳥と同じ有機体として生命を持ち、この場に存在している。

この場にいると、全ての生命エネルギーが一つになっている感じなのです。

私は全体性の中の一部…。

全てのエネルギーは一つで、私個人はおらず、木々も私も同様で一つのもの。

個体はあるけれど感じられず融合している感じ。

 

私は訳がわからず、立ち尽くしました。

訳が分からないと云うのは言葉に出来ない感覚なんです。言葉では無くて感覚で身体全体でそれを受け取っている感じなのです。

私は呆然とその木々の中に立ち尽くし、そのエネルギーに溶け合い、存分に豊かな感覚を味わっていました。

気付くと30分ぐらいその場で立っていました。

穏やかで豊かな時間でした。

 

何だろうか、この感覚。

中野さんのリトリートのブレスワークで体験したエネルギーと同様だけど、今度は優しく融合して私が木々や鳥や空間と溶け合った体験でした。

 

最近、理解では無いところで体験が進んでる気がします。

全てエネルギーは一つで私たちはそのままエネルギーの現れなのだと、理解ではないところで浸透してきているように思います。

 

そして、少し今まで理解していた常識からズレていく恐ろしさも感じています。

 

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非二元の好きな方のお茶会 二回目

★★★非二元好きのお茶会  二回目★★★


非二元論(ノンデュアル)の好きな方

集まってお茶会をしましょう❗️
 
非二元の話題を思いっきり喋りたい!
仲間と集いたい。
 
そんな目的でお茶会をしています。
 
私も非二元の話って誰とも出来ず、本を読んではモヤモヤしたり自分なりの解釈をしたり。
だから、そんな話題を仲間同士でお話できるお茶会です。
今回は2回目です。
気付きが深まっている人も、気付きに気付き始めた人も〝起こっている場″を分かち合いましょう
興味のある方は是非お集まりください😊
■日時 : 10/21 (日) 13:00-16:00
■場所 : 東京都墨田区ビックシップ 2F和室
             https://www.cp-bigship.net/アクセス-地図/
■参加費 : 1,500円
■主催者 :インフィニティー (上谷 和美)
■お申込み先 :  こちら
タイトルに『お茶会』とご記入下さい。
★★★インフィニティーのワークショップ★★★
インフィニティーとして活動しています。
ご興味のある方はHPをご覧ください
 
 

中野さんリトリートで一つになる体験

中野さんの温泉リトリートでブレスワークをした時に、面白い体験をしたのでその事を書こうと思います。

 

会場で参加者全員が頭を輪の中心に向けて、寝っ転がりました。隣の人とはお互いに手を広げれば触れ合う程度の間隔。

中野さんのリードによって、ブレスワークスタートです。

 

ブレスワークとは、意識的に呼吸を早く大きくする事で自分の内側にある感情などが出てきやすくなります。その感情を出して、感情が流れるままにしていきます。そうすると、自分の深いところの感情も解放しやすくなるワークです。

一般的には悲しみが浮いてきたり、寂しさが浮いてきたら、そのあと笑いが浮いてきたりして、最後には静寂へと戻ります。

 

音楽が鳴りだし、中野さんの「はーっ、はーっ、」と言うリードによって私も呼吸を大きく早めていきます。

少しずつ過呼吸に近い状態になり左手が痺れてきました。その痺れは左側全体へと広がります。

ジンジン、ビリビリ、ジリジリ…、

呼吸は相変わらず「はーっ、はーっ、はーっ」と続けます。

実は左側は少し前から体調が悪くアチコチに痛みがありました。痺れを感じながら、私は「体調の悪い方が反応してるなぁ」と思考が動いてます。

痺れはさらにビリビリ感を増してきます。

ピリピリ、ビリビリ、ざらざら…。

思考で感覚に意味付けをしたくなる衝動を一旦止めて、痺れだけを感じることにしました。

 

そうすると、このビリビリする感覚が身体から抜け出て広がり始めます。物凄い勢いで!

それと同時に私が、その痺れのエネルギーになっていたのです。

感覚的には私はエネルギーとなって広がり始めているんです。

いやいや、エネルギーが私なのです!

 

そのエネルギーが一気に身体中から溢れ出ている感じ。

私の身体はブルブルと小刻みに震え、失神するかのように手も足も身体も全身がガタガタ動き出しています。

口はこれ以上大きく開けれないぐらい、大きく開けて、「わぁぁ〜! うぇ〜〜っ! 」と大声が出てます。

そして、感情が込み上げてくるんです。悲しいような、切ないような、愛おしいような、喜びのような…、言葉では表せない感極まった感情が湧いてきて涙が溢れます。

鼻水も出ます。

声も泣き声になったりします。

そんな状況下でも頭の片隅では、「何が起こってるんだ! 身体がこのままじゃ張り裂ける〜。」って自分を見ているんです。

 

そして、それと同時に身体から放出されたエネルギーの私は外へと広がり、会場から見える海や山々や木や草や全てのものと一つに混ざりあったのです。そして、会場にいる全ての人ともエネルギーが混ざり合い本当に一つになった感じなのです。

私はエネルギーでエネルギーが私で、そのエネルギーは全てのものと繋がってて、それは一つで、一つのエネルギーが形を変えてそこに存在しているだけでしかなかったのです。

 

それを体験しながら、私の感情は 喜び と 悲しみ と 愛おしさ と 安心感 などの『感情』とも言えない波動のようなものが、満ちてきたり、そして引いていったり、そして、また満ちてきて大声で泣いて叫んで、そしてまた引いて静かになる。

そんな時間を過ごしました。

 

最後に呼吸が静まり、余韻に身を任せているときは幸せでたまりませんでした。

私たちは私ではなく、エネルギーだったのです。全ての創造するものは一つのエネルギーで、それらは単なる現れでしかなかったのです。

隣の人も同じエネルギーで現れ方が違っていただけで、エネルギーに境界線も分離もなかったのでした。

全てがこの身体を作っているエネルギーと同じでした。

 

言葉で伝えると、とても気狂いじみた言い方になりますが体感が私に教えてくれたのです。

そして、それを確信していた時、私はとても平安で満たされていました。

 

体験に意味を付けずにそのままにしておく、言葉でラベリングせずに感じ続けることで、分離の無くなる始まるのだと思います。

グループの皆さんがいるからエネルギーが高まり、そのエネルギーのお陰でこんな体験が出来たリトリートのワークでした。

何か貴重な体験をしたように思います。

 

中野温泉リトリートに参加してきました

先日、中野真作さんの皆生温泉リトリートに参加してきました。

参加して一週間が経過しましたが、実はまだ私の体の中では言葉にならない感覚が熟成中のような感じがしています。

 

当日は集合時間が13:00とゆっくりスタート。

私は8:30には現地に入っていたので、まずは近くの海岸を散策。

砂浜の海岸は人もまばらで車の音もなく、トンビの鳴き声が聞こえてくるぐらいの静かな空間。

私はのんびりと浜辺に座り海を眺めて時間を過ごします。体内時計がゆっくりとした時間へと切り替わっていく感じ。

そこからリトリートの準備に入っていたのかも知れません。

 

いよいよリトリートスタートです。

旅館の最上階で三方向がガラス張りの会場。

海や山の眺めがよく、開放的で気持ち良い空間でした。

参加者さんと始めて顔を合わせて、ちょっと緊張している私。

でも、皆さんの関心や思いは同じなので、どこか同士のような安心感。

 

中野さんのお話でリトリートのお話は進みます。参加者の皆さんが個々に感じている事を話し出します。

中野さんのゆっくり穏やかな話し方は、私の体内時計を更にスローペースへと変えていきます。呼吸が自然と深くゆっくりになる感じ。

日常生活の世界から、違う次元へ移行している感じです。

 

ワークでは、ブレスワークや感情に触れるワークをして身体の中に籠っているエネルギーを発散させては、次に静かに瞑想をする事をしました。

放出しては内側のエネルギーに触れる。浄化しては沈黙する。

発散した後の沈黙は、安らぎや心地良さがあり思考が流れても思考に巻き込まれず、沈黙のスペースを保つことが出来ていました。

 

これを繰り返していくと、言葉ではなく身体の深いところが『安心』と云う感覚に満ちてきます。

このリトリートは、言葉の解釈や説明ではなく、この安心や守られている感覚を肌で直接体感させてくれるエネルギーの場なんだ分かってきます。

目覚めのプロセスが「何か」を知るよりも体験する。ありのままを安心して感じる。

そんな時間でした。

 

今まで中野さんのお話会は何度か参加しているし、スカイプセッションも受けていましたが、私はいつも思考での理解を求めていたから、今ひとつ物足りなかったり、スッキリしなかったりしていました。

でも、実は中野さんのセッションというのは、言葉ではなく癒しのエネルギーの体験や共有だったんだと今更ながら知った次第です。

お話会では分からなかった事が、理屈でないところで身体で分かってきた感じです。

もう、そうなると何を質問しても中野さんの返事は予想がついてしまうから聞く必要となくて、ただ沈黙(心のスペース)を共有して安心を感じていくだけになりました。

 

そして、リトリート自体のプロセスも面白い事が起こってきます。

まるで台本があるかのように、私に必要な事が参加者のディスカッションの中で起こりました。

グループの持つ力は本当に素晴らしいと思います。自分の内側で起こっている問題がその場で起こり、体験的に見せてくれるのですから。

この体験を安心できる状況下で体験して自分に触れれた事は最高のギフトでした。

自分の内側にも外側にも素晴らしいプロセスのあった三日間のリトリートでした。

 

自宅に戻り、リトリートの時にメモした手帳を改めて読み直してみるのですが、何故か言葉がとてもチープに感じます。

言葉を読み返しても心が動かないのです。

やはり、中野さんのリトリートは目覚めるための方法を言葉で知るのではなく、体験しにいく場所だったのですね。

その感覚を今度は自分自ら感じれるよう、暮らしを観ていく。

まずは、ゆっくりと呼吸をして内側を感じて、そのままを受け止めていく。

安心して流していく。そして、流れていく。

それらをお土産に持ち帰ったリトリートでした。

 

 

リトリートのワークの中で面白い体験をしたので、それは次回書かして頂きますね。

 

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ゲシュタルト療法や表現アートセラピーなど、自分の内側に気づくワークなどを提供しています。

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仲間と非二元の理解を深める

先日開催した『お茶会』の体験が何か私の中で大きな信頼になってきています。

初めてお茶会をするのにあたり不安はありましたが、私はその場で起こる事に任せようと決めていました。

起こることが起こっていく。
必要な人が集まり、必要なプロセスが流れ、参加者さんそれぞれに気づきを深めていく時間。

このお茶会では、主役はおらず全員が自分の話したい事をテーブルの上に話題を乗せるように体験をシェアしてくれました。
他の人が、その話題に対して感じたことや自分の学びの経験を伝え返す。
その場に崇拝する人もいないから、誰も依存的にならず自分たちで話をしながら、自分たちなりの非二元の理解を深めていく。

これって、凄い事だと思うんですよね。
人から教えられるのではなく、自分の中から答えを見出していく。気づいていく。

参加者からの言葉で自分の感覚を味わっていく大切さや、思考せずに感じていく事や、非二元の先にあるのは安心して今にいること…。
と答えを導き出したりして、全員がそれを味わっていく。

そう、私はこれがやりたかったのだと、本当にこの体験に感謝しています。
マハルシやエックハットトールのような指導者がいるのではなく、個々のプロセスを伝え合う事で理解を深める場がある。

誰もが目覚めていて、誰もが完全で、誰もが対等で答えは自分の中にある事を教えてくれる。
それが更に信頼へと深まっていく経験をしています。

こうやって私たちは分離の夢の個人から、一つのエネルギーへと目覚めていくのかも知れませんね。

『非二元好きの方のお茶会』を開いてみました

先日、『非二元好きの方のお茶会』を開催しました。
その事をちょっと書こうと思います。

そもそも、なんでこのお茶会をしようと思ったかと言いますと、私自身が非二元の話を誰とも出来なくて、話しが出来る仲間が欲しかったんですよね。

それで、そんな場所が欲しいと思ってる事を中野真作さんにお話ししたら、中野さんから「やったらいいじゃないですか、必要としている人はいますよ」 とのアドバイス。
単純な私は、「そっかぁ〜、何をやっても失敗は無いんだし、やりたい事をしたらいいんだよね」てな気持ちで
お茶会を開催することにしたのです。

とは言え、私は目覚めた人でも悟った人でも無く、どちらかと言えば迷いのグルグルの途中です。
私のやりたかったことは、ただ、同じ思いの人が集まって心置きなく自分の気付きや、プロセスを語り合うこと。

悟った人が話をする訳でも無いので、
もしかしたら誰もが集まらないかも… と思ったりしていました。
でも、有難い事に中野さんのサポートを頂いたりして数名の方が集まって下さりました。

畳敷きの和室で座布団にゆったりと座り、丸くなってお菓子を囲みながら、お互いが今の気づきや体験を思い思いに話してくれます。

話をリードしてくれる人、気づきを話してくれる人、体験や変化を話してくれる人、それぞれのペースで皆さん
が自分の話したい事をお話ししてくれます。
その会話の中で、自然にエネルギーが動き、ここに癒さ
れ自らの進む方が見えてきます。
それは誰かが教えるのではなく、参加者みんなで自然に出てきた答えです。そして、その見出された答えに心が癒され安心がそこにありました。

その場を信頼して起こることに任せていく。
私はその事を大切に、その場を見守っていきました。
これは、全ての人の中にプロセスがあり答えがあり、その場に必要な事が起こり、その場にいる人たちが共有している気づきに向かうと信じてきたからです。

終わるときに、皆さんから「一回で終わらずに定期的にしましょう」とリクエストを頂きました。
参加しててリラックスした とか、ゆっくり話が出来た とか、思う存分話ができて楽しかったとか、嬉しい言葉を頂きました。

ご参加下さった方が、感想をブログに書いてくれました。その内容を最後に掲載しますね。良かったら読んでみて下さい。

そして、次回は10月に開催する予定です。
非二元、ノンデュアル、悟り、目覚め、そんな話をしたい方は、是非ご参加くださいね。
一緒にアブノーマルな話を堪能しましょう。

ご参加頂いた方に感謝を込めて。
インフィニティー
上谷 和美

■■■参加者さんのお声■■■
40歳代 男性

自分から動いてみた。

blogを見て気になっていた方の
お茶会に参加させて頂いた。

いつもなら発言を躊躇するが
今日は話す事が出来た方だと思う。

自分のしてきた過去のこと
今思っていること、感じていること、
初対面の方ばかりの中で
良く話が出来たなと感心している。

いろんな不安があって、
実際そうだった事もあって、
それでも結果として「大丈夫」だった。

自分がそう思えているのだから
それで良いだけの事。

いろいろなことで
まだクヨクヨすることはあるだろうけど今は
それを感じて、
それを楽しんで、
過ごして行けそうな気がしている

思考せずに味わっていく

前回のブログで書いたように、思考の中に答えはなく、ただ起こっていることを体験するだけだと気付き、感覚や感情に留まろうとすると、意思に反して思考が湧いて出てくるのです。

感覚や感情を味わっていると、底無しの沼地に足を入れたような踏ん張りが効かない怖さや不安感を感じるのです。

考えていないと生き残れないような不安。
考える事で自分のやり方や理解を深めて存在を認めて安心することを求めている感じ。
考える事で自分を守っている感じ。
考える事で自己の足取りを確認している感じ。
それらの不安から解釈で型取っている自分。
思考が隠し持っている恐れに気付くのです。

しかし、それでも思考は止まらない。
だから、この思考もコントロールできない事と諦めると全てを体験として受け止める事が出来きます。
今はその事すら、この身体を通して起こっている事として体験していくのです。

この季節、散歩をしていると緑が多くなり自然が綺麗で、明るい緑の葉がサワサワと揺らいで光って見えます。

「新緑が出る季節で綺麗だなぁ」と呟く。

そんな時にただ「綺麗だなぁ〜」とだけ言葉にして、その感情や身体にある感覚を味わってみる。
「綺麗だなぁ」「気持ちいいなぁ」「寂しいなぁ」「悲しいなぁ」「嫌だなぁ」 「嬉しいなぁ」「不安だなぁ」「ムカつくなぁ」

それらの感情に触れる言葉だけを取り出して繰り返してみる。
その時に身体の中でうごめく波動を味わってみる。
そうすると体験している自分に触れることが出来るような感じです。

それは今までとは違う新たな扉を開いて、新しい世界を観ているような気がします。

何故だか世界が広がって見えるのです。

 

★★★ ワークショップのお知らせ★★★

インフィニティーとしてワークショップなどの活動をしています。

6/3は『非二元好きの方のお茶会』をします。
ご興味のある方はこちらをご覧下さい。

 

 

体験がそこにあるだけ

非二元論を伝えている中野さんの個人セッションを時々受けています。

先日の個人セッションでも、いつものように私の思考はフル回転して彼に理解できてないことを尋ねます。

最近の私の思考は、〝気付き″ と〝思考″ と〝観念″ はどのように違うのか。って事です。

よく「気付きを持つ」とか、「気付いていく存在」とか言われますが、気付きが起これば思考になります。

それを考えていれば思考が自分の観念へと作られていきます。

「思考しているのは自分では無い」と言うのであれば、そもそも気付くのも自分では無いのでは無いか…。

「気付きの存在になる」と言うが、それすら自分では無いと言うことになるのではないか。

私の頭はグルグルと回ります。

そのことを中野さんに尋ねると、中野さんは「その思考を止めてください。そのように思考する自分を感じてください」とおっしゃいました。

 

思考を止めて感じていると、また思考が走り始めます。「それって、どうゆう事?  思考を止めようとするのも思考じゃないの?」

そうやって頭の中の会話は続きます。思考で思考をこねくり回して、言いがかりをつけるように理論的を知りたいのよ。って踠いてます。

 

だけど、本当に思考しないようにして感じていると恐ろしさが湧き上がってくるのです。

意味のない不安感や恐怖感。足下が救われた感じ。気持ち悪いのです。

だから、また思考で「自分」のバランスを取ろうとしているのです。

思考が自分ではなくて、気付きも自分ではないなら、本当の私は何処にいるのか。

「自分は居ない」と非二元論を掲げながら、私はまだ「真我の自分」と言うものを探しているのです。

ここにいるのはストーリーの自分で、真我の自分が何処かにいると思っているのです。

 

そして、彼は言います「何をやっててもいいんです。何でもいいんです。何もしても正しいや間違いもないんです。だから非二元なんです」と。

いつも聞く言葉なのですが、今回はその言葉を聞いて何がが変わりました。

私が探していたのは「正しい答え」だったのです。

そして、彼はいつものように言います「感じてください」と。

そう、思考の中に答えはなくただ感じていく。
文字や言葉など自分外側に答えはなく、自分の内側だけに知りたかったその先があると言うことが、少し今までよりも腑に落ちてきます。

そして、なにが起こっていても間違いも正しいも無く、何が起こっていてもそのままて、何が起こっていてもそれで良いのだと非二元の根本に気付かされます。

そうすると、「私の気付きは誰か」と追及する事なく起こっていることで、思考も「誰なのか」と追及する事なく起こっていることで、今起こっていることはすべて起こっているだけのことで、ただ体験だけがあるのだと思ったのです。

思考を止めると不安を感じる感覚を体験する。
思考でぐるぐる巻きになってることを体験する。
ここで笑っていることを体験する。
上手くいかないと感じた私を体験する。

 

こんな風に意識が変わると思考の檻が外れるのです。<思考しているこの感覚を体験する。

気付きも思考で何か知る事があるのでは無く、知って成長があるのでも無く、起こっていることを解釈するのでも無く、いや解釈したいなら解釈をすればいいだけであり、すべて宇宙で起こっている流れだけを体験するだけ。

何をしててもOK、やりたい事をただやっていく。それが宇宙の流れだから。

そして、それを体験する。

こんなことを感じるこの頃になってきています。

 

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