感情

感情をありのまま受け入れるコツ

こんにちは。

久しぶりのブログです。

最近、ちょっと自分の中が静かになってきて一旦落ち着いている感じがしています。

いっときは新しい体験をしたり、新しい感覚になったら理解が深まったりして変化の波に飲まれていましたが、今は体の中に馴染むように静かに見ている感じです。

 

ただそこにあるものを体験し続けていることをやっています。

 

前回、感情を風景のように見ているお話を書きました。その事をもう少し書こうと思います。

 

「感情をあるがままに受け止める」とよく言ってますが、やってるようでなかなか出来ないものだと自分の経験から思います。

自分では許し難い感情や認めたくない感情が湧いてくると「なんでこんな事思うんだろう」と自分で自分の感情を分析したり、思ってくる事を否定したりしていました。

だって、そんな感情を持たない方が理想だと思っていたから。

 

これって、大きなクセモノなんですよね。

そこにも居た、理想の自分。

 

自分の理想も必要なくて、理想は妄想でしかなくて理想というゴールはないと知ると、そこに向く枠が外れて感情のコントロールも無くなっていくように思います。

 

そしてそれは、孤独感や恐れや悲しみの感情に触れないように自分をガードしていることが多いのです。

 

そこに触れてしまうと自分が壊れてしまいそうで触れずに見て見ぬフリをしてたり…。

壊れるのはプライドなのか、過去の傷に触れる痛みなのか。

 

その恐れを妄想してガードしていたのです。そして、それも妄想から離れてありのままの感情に触れて、それを味わっていくと感情のエネルギーは落ち着いて風景に変わっていきます。

 

そう結局、感情はエネルギーでしかなくて、ただそのにあるエネルギーなだけで、感情は私に何も被害を及ぼさない。

 

そんな事を思いながら、今まではコントロールしていた感情をやっとありのまま受け止めることが出来るようになったと思います。

 

ただ毎日、ここを体験している。

今はそんな静かな時間です。

 

どうにもできない イライラ感情

2018年明けましておめでとうございます。
今年もインフィニティー共々、よろしくお願いします。
今年もまた感じた事をツラツラと綴っていこうと思います。

新年早々ですが、今日は腹立たしい事があり、それらを通じて感じた事を書こうと思います。

ある出来事が気持ちに引っかかり、それが原因で湧き上がったイライラの感じと、相手を非難する自分がいました。私はその思考を眺め、「あぁ、ストーリーに振り回されてる」と気づきつつ、ストーリーから離れようとするけれど、やっぱり気持ちはイライラから離れられません。

怒りや感情の動きは自分の問題に向き合うチャンスなんだけど、気持ちはそんなことを言ってられなくて、ともかく批判的になっている自分を見ていく事しか出来ず、自分の切り離された部分を見つけるための作業など出来ないのです。

〝批判する思考″や〝思考からくる感情″ はストーリーと同一化していると分かっているけど、私の思考はコントロール出来ないし「ストーリーと分かっている」と言い聞かせて、自分を抑え込むのも単なる抑圧で違う気がするのです。
思考は『私』と言う有機体で単に起こっている事だし、その思考によって感情は沸き起こり結局、何にも出来ないことに気づくのです。

何にも出来ないから、感情的になっている自分と一緒に居るしかなくて、少なくとも今の現状から物理的に離れて自分の身を安心できる場に置く事しか手立てが無いのです。

イライラして頭のなかで文句を言って、気持ちが不安定な自分の状態をただ眺めて、その自分を許す。
自分という有機体に起こっていることをそのまま起こらしていく。

それが人間と言う有機体なんだなぁと感じているのです。

全てはストーリーと知って「同一化せずにストーリーを生きる」と本で読んだり知識はあっても、私を作り上げてる思考と感情はまだまだストーリーの中にいて、どうしようもない私を持て余しながら、その私を赦すスペースを作っていく事しか出来ないと感じています。
それら全てが今起こっている宇宙のようなものなのでしょうね。

私自身がもっと、思考も感情も身体も私のものではないと切り離しが出来るようになれば、こんな事も終わっていくのかも知れません。
その途上にいる今の私を素直に書いてみたくなりました。

きっと、同じような気持ちの人がいるだろうなぁ〜と思いつつ。

 

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