中野真作

非二元の好きな方のお茶会 二回目

★★★非二元好きのお茶会  二回目★★★


非二元論(ノンデュアル)の好きな方

集まってお茶会をしましょう❗️
 
非二元の話題を思いっきり喋りたい!
仲間と集いたい。
 
そんな目的でお茶会をしています。
 
私も非二元の話って誰とも出来ず、本を読んではモヤモヤしたり自分なりの解釈をしたり。
だから、そんな話題を仲間同士でお話できるお茶会です。
今回は2回目です。
気付きが深まっている人も、気付きに気付き始めた人も〝起こっている場″を分かち合いましょう
興味のある方は是非お集まりください😊
■日時 : 10/21 (日) 13:00-16:00
■場所 : 東京都墨田区ビックシップ 2F和室
             https://www.cp-bigship.net/アクセス-地図/
■参加費 : 1,500円
■主催者 :インフィニティー (上谷 和美)
■お申込み先 :  こちら
タイトルに『お茶会』とご記入下さい。
★★★インフィニティーのワークショップ★★★
インフィニティーとして活動しています。
ご興味のある方はHPをご覧ください
 
 

中野さんリトリートで一つになる体験

中野さんの温泉リトリートでブレスワークをした時に、面白い体験をしたのでその事を書こうと思います。

 

会場で参加者全員が頭を輪の中心に向けて、寝っ転がりました。隣の人とはお互いに手を広げれば触れ合う程度の間隔。

中野さんのリードによって、ブレスワークスタートです。

 

ブレスワークとは、意識的に呼吸を早く大きくする事で自分の内側にある感情などが出てきやすくなります。その感情を出して、感情が流れるままにしていきます。そうすると、自分の深いところの感情も解放しやすくなるワークです。

一般的には悲しみが浮いてきたり、寂しさが浮いてきたら、そのあと笑いが浮いてきたりして、最後には静寂へと戻ります。

 

音楽が鳴りだし、中野さんの「はーっ、はーっ、」と言うリードによって私も呼吸を大きく早めていきます。

少しずつ過呼吸に近い状態になり左手が痺れてきました。その痺れは左側全体へと広がります。

ジンジン、ビリビリ、ジリジリ…、

呼吸は相変わらず「はーっ、はーっ、はーっ」と続けます。

実は左側は少し前から体調が悪くアチコチに痛みがありました。痺れを感じながら、私は「体調の悪い方が反応してるなぁ」と思考が動いてます。

痺れはさらにビリビリ感を増してきます。

ピリピリ、ビリビリ、ざらざら…。

思考で感覚に意味付けをしたくなる衝動を一旦止めて、痺れだけを感じることにしました。

 

そうすると、このビリビリする感覚が身体から抜け出て広がり始めます。物凄い勢いで!

それと同時に私が、その痺れのエネルギーになっていたのです。

感覚的には私はエネルギーとなって広がり始めているんです。

いやいや、エネルギーが私なのです!

 

そのエネルギーが一気に身体中から溢れ出ている感じ。

私の身体はブルブルと小刻みに震え、失神するかのように手も足も身体も全身がガタガタ動き出しています。

口はこれ以上大きく開けれないぐらい、大きく開けて、「わぁぁ〜! うぇ〜〜っ! 」と大声が出てます。

そして、感情が込み上げてくるんです。悲しいような、切ないような、愛おしいような、喜びのような…、言葉では表せない感極まった感情が湧いてきて涙が溢れます。

鼻水も出ます。

声も泣き声になったりします。

そんな状況下でも頭の片隅では、「何が起こってるんだ! 身体がこのままじゃ張り裂ける〜。」って自分を見ているんです。

 

そして、それと同時に身体から放出されたエネルギーの私は外へと広がり、会場から見える海や山々や木や草や全てのものと一つに混ざりあったのです。そして、会場にいる全ての人ともエネルギーが混ざり合い本当に一つになった感じなのです。

私はエネルギーでエネルギーが私で、そのエネルギーは全てのものと繋がってて、それは一つで、一つのエネルギーが形を変えてそこに存在しているだけでしかなかったのです。

 

それを体験しながら、私の感情は 喜び と 悲しみ と 愛おしさ と 安心感 などの『感情』とも言えない波動のようなものが、満ちてきたり、そして引いていったり、そして、また満ちてきて大声で泣いて叫んで、そしてまた引いて静かになる。

そんな時間を過ごしました。

 

最後に呼吸が静まり、余韻に身を任せているときは幸せでたまりませんでした。

私たちは私ではなく、エネルギーだったのです。全ての創造するものは一つのエネルギーで、それらは単なる現れでしかなかったのです。

隣の人も同じエネルギーで現れ方が違っていただけで、エネルギーに境界線も分離もなかったのでした。

全てがこの身体を作っているエネルギーと同じでした。

 

言葉で伝えると、とても気狂いじみた言い方になりますが体感が私に教えてくれたのです。

そして、それを確信していた時、私はとても平安で満たされていました。

 

体験に意味を付けずにそのままにしておく、言葉でラベリングせずに感じ続けることで、分離の無くなる始まるのだと思います。

グループの皆さんがいるからエネルギーが高まり、そのエネルギーのお陰でこんな体験が出来たリトリートのワークでした。

何か貴重な体験をしたように思います。

 

中野温泉リトリートに参加してきました

先日、中野真作さんの皆生温泉リトリートに参加してきました。

参加して一週間が経過しましたが、実はまだ私の体の中では言葉にならない感覚が熟成中のような感じがしています。

 

当日は集合時間が13:00とゆっくりスタート。

私は8:30には現地に入っていたので、まずは近くの海岸を散策。

砂浜の海岸は人もまばらで車の音もなく、トンビの鳴き声が聞こえてくるぐらいの静かな空間。

私はのんびりと浜辺に座り海を眺めて時間を過ごします。体内時計がゆっくりとした時間へと切り替わっていく感じ。

そこからリトリートの準備に入っていたのかも知れません。

 

いよいよリトリートスタートです。

旅館の最上階で三方向がガラス張りの会場。

海や山の眺めがよく、開放的で気持ち良い空間でした。

参加者さんと始めて顔を合わせて、ちょっと緊張している私。

でも、皆さんの関心や思いは同じなので、どこか同士のような安心感。

 

中野さんのお話でリトリートのお話は進みます。参加者の皆さんが個々に感じている事を話し出します。

中野さんのゆっくり穏やかな話し方は、私の体内時計を更にスローペースへと変えていきます。呼吸が自然と深くゆっくりになる感じ。

日常生活の世界から、違う次元へ移行している感じです。

 

ワークでは、ブレスワークや感情に触れるワークをして身体の中に籠っているエネルギーを発散させては、次に静かに瞑想をする事をしました。

放出しては内側のエネルギーに触れる。浄化しては沈黙する。

発散した後の沈黙は、安らぎや心地良さがあり思考が流れても思考に巻き込まれず、沈黙のスペースを保つことが出来ていました。

 

これを繰り返していくと、言葉ではなく身体の深いところが『安心』と云う感覚に満ちてきます。

このリトリートは、言葉の解釈や説明ではなく、この安心や守られている感覚を肌で直接体感させてくれるエネルギーの場なんだ分かってきます。

目覚めのプロセスが「何か」を知るよりも体験する。ありのままを安心して感じる。

そんな時間でした。

 

今まで中野さんのお話会は何度か参加しているし、スカイプセッションも受けていましたが、私はいつも思考での理解を求めていたから、今ひとつ物足りなかったり、スッキリしなかったりしていました。

でも、実は中野さんのセッションというのは、言葉ではなく癒しのエネルギーの体験や共有だったんだと今更ながら知った次第です。

お話会では分からなかった事が、理屈でないところで身体で分かってきた感じです。

もう、そうなると何を質問しても中野さんの返事は予想がついてしまうから聞く必要となくて、ただ沈黙(心のスペース)を共有して安心を感じていくだけになりました。

 

そして、リトリート自体のプロセスも面白い事が起こってきます。

まるで台本があるかのように、私に必要な事が参加者のディスカッションの中で起こりました。

グループの持つ力は本当に素晴らしいと思います。自分の内側で起こっている問題がその場で起こり、体験的に見せてくれるのですから。

この体験を安心できる状況下で体験して自分に触れれた事は最高のギフトでした。

自分の内側にも外側にも素晴らしいプロセスのあった三日間のリトリートでした。

 

自宅に戻り、リトリートの時にメモした手帳を改めて読み直してみるのですが、何故か言葉がとてもチープに感じます。

言葉を読み返しても心が動かないのです。

やはり、中野さんのリトリートは目覚めるための方法を言葉で知るのではなく、体験しにいく場所だったのですね。

その感覚を今度は自分自ら感じれるよう、暮らしを観ていく。

まずは、ゆっくりと呼吸をして内側を感じて、そのままを受け止めていく。

安心して流していく。そして、流れていく。

それらをお土産に持ち帰ったリトリートでした。

 

 

リトリートのワークの中で面白い体験をしたので、それは次回書かして頂きますね。

 

★★★ワークショップやカウンセリングのお知らせ★★★

インフィニティーでは、ワークショップやカウンセリングを行っています。

ゲシュタルト療法や表現アートセラピーなど、自分の内側に気づくワークなどを提供しています。

ワークショップのご案内はHPをご覧ください。

http://infinity-sp.com/

 

 

 

 

 

 

 

『非二元好きの方のお茶会』を開いてみました

先日、『非二元好きの方のお茶会』を開催しました。
その事をちょっと書こうと思います。

そもそも、なんでこのお茶会をしようと思ったかと言いますと、私自身が非二元の話を誰とも出来なくて、話しが出来る仲間が欲しかったんですよね。

それで、そんな場所が欲しいと思ってる事を中野真作さんにお話ししたら、中野さんから「やったらいいじゃないですか、必要としている人はいますよ」 とのアドバイス。
単純な私は、「そっかぁ〜、何をやっても失敗は無いんだし、やりたい事をしたらいいんだよね」てな気持ちで
お茶会を開催することにしたのです。

とは言え、私は目覚めた人でも悟った人でも無く、どちらかと言えば迷いのグルグルの途中です。
私のやりたかったことは、ただ、同じ思いの人が集まって心置きなく自分の気付きや、プロセスを語り合うこと。

悟った人が話をする訳でも無いので、
もしかしたら誰もが集まらないかも… と思ったりしていました。
でも、有難い事に中野さんのサポートを頂いたりして数名の方が集まって下さりました。

畳敷きの和室で座布団にゆったりと座り、丸くなってお菓子を囲みながら、お互いが今の気づきや体験を思い思いに話してくれます。

話をリードしてくれる人、気づきを話してくれる人、体験や変化を話してくれる人、それぞれのペースで皆さん
が自分の話したい事をお話ししてくれます。
その会話の中で、自然にエネルギーが動き、ここに癒さ
れ自らの進む方が見えてきます。
それは誰かが教えるのではなく、参加者みんなで自然に出てきた答えです。そして、その見出された答えに心が癒され安心がそこにありました。

その場を信頼して起こることに任せていく。
私はその事を大切に、その場を見守っていきました。
これは、全ての人の中にプロセスがあり答えがあり、その場に必要な事が起こり、その場にいる人たちが共有している気づきに向かうと信じてきたからです。

終わるときに、皆さんから「一回で終わらずに定期的にしましょう」とリクエストを頂きました。
参加しててリラックスした とか、ゆっくり話が出来た とか、思う存分話ができて楽しかったとか、嬉しい言葉を頂きました。

ご参加下さった方が、感想をブログに書いてくれました。その内容を最後に掲載しますね。良かったら読んでみて下さい。

そして、次回は10月に開催する予定です。
非二元、ノンデュアル、悟り、目覚め、そんな話をしたい方は、是非ご参加くださいね。
一緒にアブノーマルな話を堪能しましょう。

ご参加頂いた方に感謝を込めて。
インフィニティー
上谷 和美

■■■参加者さんのお声■■■
40歳代 男性

自分から動いてみた。

blogを見て気になっていた方の
お茶会に参加させて頂いた。

いつもなら発言を躊躇するが
今日は話す事が出来た方だと思う。

自分のしてきた過去のこと
今思っていること、感じていること、
初対面の方ばかりの中で
良く話が出来たなと感心している。

いろんな不安があって、
実際そうだった事もあって、
それでも結果として「大丈夫」だった。

自分がそう思えているのだから
それで良いだけの事。

いろいろなことで
まだクヨクヨすることはあるだろうけど今は
それを感じて、
それを楽しんで、
過ごして行けそうな気がしている

体験がそこにあるだけ

非二元論を伝えている中野さんの個人セッションを時々受けています。

先日の個人セッションでも、いつものように私の思考はフル回転して彼に理解できてないことを尋ねます。

最近の私の思考は、〝気付き″ と〝思考″ と〝観念″ はどのように違うのか。って事です。

よく「気付きを持つ」とか、「気付いていく存在」とか言われますが、気付きが起これば思考になります。

それを考えていれば思考が自分の観念へと作られていきます。

「思考しているのは自分では無い」と言うのであれば、そもそも気付くのも自分では無いのでは無いか…。

「気付きの存在になる」と言うが、それすら自分では無いと言うことになるのではないか。

私の頭はグルグルと回ります。

そのことを中野さんに尋ねると、中野さんは「その思考を止めてください。そのように思考する自分を感じてください」とおっしゃいました。

 

思考を止めて感じていると、また思考が走り始めます。「それって、どうゆう事?  思考を止めようとするのも思考じゃないの?」

そうやって頭の中の会話は続きます。思考で思考をこねくり回して、言いがかりをつけるように理論的を知りたいのよ。って踠いてます。

 

だけど、本当に思考しないようにして感じていると恐ろしさが湧き上がってくるのです。

意味のない不安感や恐怖感。足下が救われた感じ。気持ち悪いのです。

だから、また思考で「自分」のバランスを取ろうとしているのです。

思考が自分ではなくて、気付きも自分ではないなら、本当の私は何処にいるのか。

「自分は居ない」と非二元論を掲げながら、私はまだ「真我の自分」と言うものを探しているのです。

ここにいるのはストーリーの自分で、真我の自分が何処かにいると思っているのです。

 

そして、彼は言います「何をやっててもいいんです。何でもいいんです。何もしても正しいや間違いもないんです。だから非二元なんです」と。

いつも聞く言葉なのですが、今回はその言葉を聞いて何がが変わりました。

私が探していたのは「正しい答え」だったのです。

そして、彼はいつものように言います「感じてください」と。

そう、思考の中に答えはなくただ感じていく。
文字や言葉など自分外側に答えはなく、自分の内側だけに知りたかったその先があると言うことが、少し今までよりも腑に落ちてきます。

そして、なにが起こっていても間違いも正しいも無く、何が起こっていてもそのままて、何が起こっていてもそれで良いのだと非二元の根本に気付かされます。

そうすると、「私の気付きは誰か」と追及する事なく起こっていることで、思考も「誰なのか」と追及する事なく起こっていることで、今起こっていることはすべて起こっているだけのことで、ただ体験だけがあるのだと思ったのです。

思考を止めると不安を感じる感覚を体験する。
思考でぐるぐる巻きになってることを体験する。
ここで笑っていることを体験する。
上手くいかないと感じた私を体験する。

 

こんな風に意識が変わると思考の檻が外れるのです。<思考しているこの感覚を体験する。

気付きも思考で何か知る事があるのでは無く、知って成長があるのでも無く、起こっていることを解釈するのでも無く、いや解釈したいなら解釈をすればいいだけであり、すべて宇宙で起こっている流れだけを体験するだけ。

何をしててもOK、やりたい事をただやっていく。それが宇宙の流れだから。

そして、それを体験する。

こんなことを感じるこの頃になってきています。

 

★★★ ワークショップのお知らせ★★★

 

インフィニティーとしてワークショップなどの活動をしています。

6/3は『非二元好きの方のお茶会』をします。
ご興味のある方はこちらをご覧下さい。
http://infinity-sp.com/blog/?p=865<

中野真作さんのリトリートに参加して

3月上旬に中野真作さんのリトリートに参加してきました。
中野真作さんとは、非二元の本を出版されてる方で私は時々彼の個人セッションを受けたりしています。

彼の持論の好きなところは、非二元の世界を伝えるだけで無く、カウンセリングでまずは自己の内側を見つめ自分を「個」として癒し他者と自分の境界線を作ってから、次のステップとして非二元の「自分は個ではない」と伝えているところです。
心理学と精神世界を融合させて人の成長のステップを伝えてくれています。

私もゲシュタルトでは、「個」を作る作業をし、そして自己信頼を取り戻してから、次に全ては自分が作り上げていた幻想だったことや、そもそも「私」という存在すら思考が作り出したアバターだったと理解する作業へと移行しています。

それは今でも、どちらも続いています。
「個」の中にある苦しみや思い込みや自己存在感は無くならず、それがあるから肉体だと思うし、またもう一方で幻想ゲームを終了させて宇宙の流れの中に委ねた在り方もあるからです。
最近、私の中に行き詰まりがありました。
それは、思考すら私ではなく宇宙が起こしている事であれば何かをしようを意図することすら不要なのでは無いか。という事です。

悟るとか、ストーリーに気付くとか、思考から離れるとかと、沢山の目覚めのためのステップを聞くけれど、それすらも全て思考でコントロールして方向性を決めて行くことになるのではないか。

そして、その思考のコントロールは自分がやってるように思っても実は宇宙が起こしているだけで、それをすることすら「目覚めごっこ」のストーリーに中にいる心地悪さがありました。
私の頭の中はグルグル状態でした。
正解が見つからないのです。

まぁ、正解を欲している私が既にコントロールに入って苦しいワケですが(笑)

そんな事をリトリートの会場で中野さんに質問しました。
彼からの答えは、結局は全てがストーリーなんですよ。ただ、そこで起こっている感情や感覚を感じて下さい。思考のグルグルを止めて感覚にいて下さい。という事でした。

それらを通して私が受け取ったメッセージは、
思考の中には答えがなく、感覚だけが今起こっている本質。だから、今起こっている感覚(現実)の中に私もエネルギーとして存在すること。
そこには言語的答えではなく、言葉にならない世界の豊かさや確信的感覚がもたらされるのではないかという事でした。

突き詰めれば突き詰めるほど、「ストーリー」と言われている生活と「リアリティー」と言われている世界は一体化していき、スタートラインに戻っていくのです。

まぁ、屁理屈を言わず考えを止めて、ここにいる事を感じていきなさい。って感じですね(笑)
そんな事を知ったリトリートの一日でした。