ノンデュアル

HPリニューアルしました

こんにちは。

各地で自粛が解除され人の動きが多くなってきましたね。私もオフィスへの通勤が始まりいつもの人通りの感覚が戻ってきています。

これからは新しい習慣を取り入れながら安全を確保して日常を送っていくんだなぁと実感しています。

さて、今日は私のHPリニューアルのご案内です。

6/1にリニューアルしました。

 

以前のページは3年前に私が活動をスタートした時に作ったのですが、3年が経過していく中で少しずつ私がフォーカスしていきたい事が明確になり、今回のリニューアルとなりました。

私がこの一年、とても気に掛かり出したのが虐待をしてしまうお母さんたちでした。

ニュースで児童虐待が報じられ、そのニュースを見て明日は我が身かも…と怯える人も多くいらっしゃると思うのです。被害者の保護はあっても加害者へのサポートが少ないと感じてました。

私はそんな方達に心が痛み、そのような問題をお持ちの方に心が非常に揺れ動きます。

これは、私にとってとても大切な問題であり痛みであり、私が自分を癒していかなければならない問題だとも思うのです。だからこそ、そのような方々に向けてのメッセージを送りたくなったのです。

 

特にこの二か月間の自粛中、静かに自分の内側に触れているとその思いが強くなり「オンラインを使って私にできることはないか」と云う思考が湧いてきました。

自分が『社会に対して表現したい事』として思いが湧いてきた感じです。

最近、ブログで書いているように自分は宇宙の流れの一つで思考も自然に発生する一つで、私という人はおらずしても『私』という個体を使って宇宙は表現をしていると思うと、この今ここにある感覚を止めずに感じたままやってみようと思い、今回のリューアルに至りました。

非二元的思考を持って、それに従って今を生きていくことを大切にした結果の新たな一歩となりました。

そう考えるとこのコロナの自粛は私の内側が大きく動いた時間でもありました。

 

子供を叩いてしまうお母さんだけでなく、ご自分の探究を深めている方も引き続き受付けています。

これからもよろしくお願いします。

インフィニティーのHPはこちらからどうぞ。

http://infinity-sp.com/

 

 

 

 

 

コントロール出来ない感情

こんにちは。私のブログにようこそ。

最近、自分という存在はただ宇宙の流れが作り出した一つの現れで、思考も感情も同じようにただの現れで、それらを体験して気付いていく意識があるだけなのだと自分の理解が深まってきています。

そして、この肉体の記憶が傷(恐れ)を作り、それが投影してドラマを作り出していると理解してきています。

この理解は私のプロセスの中での理解なので皆さんと異なっているかも知れませんが…。

この頃、気づきの意識が本来の在りようなのだと分かりながらも、無性に私の個人的感情が騒ついて孤独感や自己否定感が湧き上がってきます。

その起こってきた感情は昔作った古傷が投影されて、そのような感情を生み出す思考がドラマを作っているのですが、それに気付きながらも、この感情は治まらないのです。

 

今私は、それを止める事もWhy?と追及することもせず、その心地悪さと一緒にいるようにしています。

ともすると、その感情に巻き込まれそうになったりする中、時々、溺れて水から顔を出して息が出来るような感じで、その感情と気づきの距離が保たれ安心してその感情を眺めることが出来ていたりして、揺れ動きながら、この身体の中にある孤独感と一緒にいます。

不思議なものですね、個人の概念を見破り、自分という個人はおらず意識だけが今あるものを体験していると分かりながらも、個人の概念の孤独感や疎外感はもの凄い勢いで今に襲いかかってくるのです。

自我が消失されることへの抵抗なんでしょうか。自我は「私は…」と主張してきますが、その在りようもコントロールせずに起こるに任せる時間を過ごしています。

ドラマを作り出している私と気づきの意識である私は本当にピッタリとくっつき合ったコインの裏表であり、体験しているこの時間はコインを立ててクルクルと回っている状態で一つの世界を作り上げているように思えます。

ようは、泥臭く落ち込んだり悩んだりするのも今あるがままでコントロール出来ないって事。

むやみにコントロールして、どうにかしようとせずにそれも今ある自然な事だと諦めて受け入れる事が今を生きることなんでしょうね。

今のあなたは悩んでいても、苦しんでいても、それはただ昔の古傷がそのように見せているだけだから、抵抗せずにその痛みのあるご自分の感覚と一緒にいてあげて欲しいなと伝えたくなりました。

それが、古傷を持った個の自分を癒してあげる事になるんですよね。癒しが統合へと進みドラマを作る投影は形を変えていくのだと思います。

 

★★★お知らせ★★★

個人セッションを対面やZoomで行っています。

今ある感覚に触れていくことを一緒にやっていきましょう。

また、ワークショップを開催しています。

詳しくはHPをご覧下さいね。

http://infinity-sp.com/

 

 

幻想の世界から抜け出す ゲシュタルトワーク

先日、中野真作さんのFBの投稿にこんな事が書かれてました。

『分離という牢獄から抜け出すには、自己否定的な修行ではなく、人間としての自分の欲求や感情を全てまとめ、ありのままを十分に愛していく事。十分に泣いて、怒って、笑ってみよう。十分に味わって感じてみよう。

そうすれば自分という夢から抜け出す道が自ずと開けてくる。(一部抜粋) 』

 

とても心に沁みます。

そう、今あるのモノを無きモノにしない。

今、心の感覚や身体を通して感じていることを否定せずに受け入れていく。そうすれば自分の作り出している幻想に気づき壊していくことができると私も思っています。

 

実は、それを体験させてくれる一つの方法がゲシュタルトセラピーなんです。

ゲシュタルト療法と非二元の学び、二つの入り口から興味を持ち出した私ですが、学んでいくうちに段々とこの二つが切り離せないものだと思うようになりました。

 

ゲシュタルトセラピーは人間を一つの有機体(生物)として捉えています。

非二元は自分はいないと伝えています。

面白いですね。でも、非二元論の伝えようとしているところに辿り着こうと思うと自分を有機体として見て、この身体や思考が創り出している世界を受け取って、それが幻想だと腹落ちしてやっと幻想の世界から抜け出すことが出来るのです。

 

自分が作り出している幻想の世界に触れるのは実はとても怖かったりします。

だって身体は恐怖を感じるし、悲しみの波動も流れるし過去の嫌な体験や感情もありありと思い出されるし、場合によってはトラウマとなって身体が硬直したりと反応を起こします。

有機体の私たちはそうやって今まで自分を守ってきたのですから。

それを「全ては夢の中、私のものではない」と言ってしまったら更に今起こっていることを受け取らず苦しみが増していきます。

幻想の世界から抜け出せず、幻想の痛みに苦しめられる事になります。

 

ゲシュタルトワークはそれを安全な場所や方法で自分の作り上げてきた幻想を受け止める事ができるのです。

人間として作ってきた自分の世界。

それを知ることができるのです。

 

非二元論にご興味のある方は、興味の無い方よりも早くその夢から覚めることができると思います。

何故なら、今感じている苦しみや悲しみは十分に味わっても、それは幻想だと知っているから。だから味わっても大丈夫だと知っているんです。

 

ただ、味わいたくなくて自分を亡き者としているのなら、まずは幻想の世界から抜け出すために自分の感情を味わってみてください。

自分が作り出している幻想を教えてくれるのは身体の感覚と今に居ることです。

幻想の世界は思考が作り出すのです。

 

★★★お知らせ★★★

ワークショップや個人カウンセリングを行っています。

◾️ゲシュタルトセラピーワークショップ

『誰でも出来るゲシュタルトセラピー』

9/29 , 10/27  , 11/30

 

◾️個人カウンセリング

『フリートークルーム』

9/21 , 11/9

 

詳しくはHPをご覧下さい。

 

 

自分が作り出してる世界

こんにちは。

私のブログにようこそ。

私は仕事やプライベートで新幹線に乗る機会が多く、今日も新幹線で名古屋に向かっています。

新幹線に乗っている時間は私の好きな時間でもあります。

自分一人でゆっくりと本を読んだり考え事をしたり、誰にも邪魔されずに自分の時間を楽しめます。

今日も新幹線のシートにゆっくりもたれながら、ふと心に引っかかっていた事を思い出していました。

その問題を考えていると、「無能感を感じたくない自分」が浮き上がってきました。

 

最近、自分の感情を見つけるとワークの題材が見つかって、ちょっとワクワクしたりします。

早速、一人ワークを始めてみます。

しかし、何故か感情を味わうよりは自動的に理解することに思考が動いたり、他のことで気を晒そうとしていたりする自分がいます。

そこを体の中に起こっている感情や感覚に意識的に留まり続けます。

今ある感覚や感情をただ感じるままに味わうワークを新幹線の中で一人でやり続けます。

 

無能な自分を感じたくないから抵抗して自分を守っている感覚。

身体を硬くして息は浅く身体に力が入っているのが分かります。

自分が無能だと感じることの恐れ。

「無能だ」と自分に烙印を押す もう一人の自分。

無能だと知られると見捨てられる不安。

無能だと感じないように自分を守ってきた自分。

 

色んな感情の私が見えてきます。

それらを眺めていると、自分がどれだけ優劣の世界にいたのかに気付きます。

優劣の世界で色んな感情の私を作り出していたことにも気付かされます。

そして、優劣の世界も自分が作り出した世界だったことに気付きます。

 

全部、自分が作り出した世界の中で自分が抵抗して、恐れて、回避するように頑張って、身体に力を入れて一人芝居をしていた事に気付きます。

 

それらの事に気付くと私の身体の中に昔からあった劣等感の塊が浮き出てきて、その塊が少し解けてくるのを感じるのです。

 

心の中にスペースができた感じ。

少し息がしやすい感じ。

 

自作自演のストーリーに気付いて、それを頑張ってきた私を慰める。

ある意味、癒しの時間。。。

 

ふと気づくと、東京から1時間半の名古屋に間もなく到着する頃でした。

まだ、少し無能感を感じたくない私は残っていて、これからもそんなゲームをやっているのかも知れません。

今日はそれすらも受け入れて、今のワークを終わらせていきます。

 

そして、このブログは名古屋から東京に戻る車内で書いています。

ストーリーの中に入り込んだ自分と、それは幻想だと知っている視点と、両方を行ったり来たりしている自分がいることを観察しながら、どこにもまとまらない自由な感じをそのままにおいている感じです。

 

★★★お知らせ★★★

インフィニティーとしてワークショップを行なっています。

ご興味のある方はHPをご覧下さいね。

▪️ゲシュタルトセラピーワーク

「誰でも出来るゲシュタルトセラピー」8/24(土)  9/29(日) 10/27(日)

▪️フリートークルーム (個人カウンセリング)

8/25(日)  9/21(土)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ストーリーと知っても感動する姿

こんにちは、皆さん。

7月になり雨が続きますね。梅雨の時期をしっかりと味あわせて貰ってます。

 

私はゲシュタルトのファシリテーターを時々ワークショップでやっています。まだ学びの段階ですが。

ファリシテーターとしてクライエントさんと向き合ってワークをしていると涙が出てくることが時々あります。

その涙はクライエントさんの話の内容が悲しいから溢れてくるのではなく、クライエントさんが真摯に自分に向き合っている姿に感動して涙が出てくるのです。

一生懸命に自分に向き合っている姿に私は心を打たれます。

 

この目の前にある問題は非二元の視点から見ると現象のストーリーに過ぎないと思います。

でも、その問題に向き合って自分の弱みや醜さを曝け出して正直になっている人間の姿に感動を覚えるのです。

 

本来なら私は誰かをサポートする必要もなく、誰もが宇宙の流れの中にいます。

だから、このワークすらストーリーです。

 

心理療法の学びやワークは全て現象世界でのストーリーのゲームと気付いていながら、それでも私はそのゲームが好きなのだの思うのです。

ただ存在していながらも、その生きているストーリーのゲームを真剣にやってみる。

五感で感じで起こる「今ここ」の現実の世界で真正面から生きていることに向かっていく。

そんな人間臭さが美しくもあり感動で涙が出てくる。心が震えます。

だから、私はそのゲームが好きな存在なんだと思うのです。

そして、その私という存在がこの宇宙にただ在るだけなんだなぁと今の自分を見ています。

現象世界を通して、この身体が感じることを受け止めて「好きだ」と湧き上がる感情や感覚を感じながら生きていく。

そんなことを確認しながらワークショップに参加したり、提供したりしている感じがしています。

★★★お知らせ★★★

インフィニティーとしてワークショップを行なっています。

ご興味のある方はご連絡下さいね。

▪️ゲシュタルトセラピーワーク

「誰でも出来るゲシュタルトセラピー」7/20(土)  8/24(土)  9/29(日) 10/27(日)

▪️フリートークルーム (個人カウンセリング)

8/25(日)  9/21(土)

 

第3回目 非二元好きの方のお茶会

第3回目の非二元好きの方のお茶会を開催します。

非二元やノンデュアル好きな方が集まって普段出来ないお話をしましょう!

自分の日々感じていることや、自己体験、多くのものを通りして学んでいる事、目覚めていく学びの体験など、お互いの目覚めの探求をシェアし合いましょう。

シェアする事で自分の中にある目覚める力が深まっていく場です。

 

ゆったりお茶をしながら、皆んなで語り合いましょう。

■日時 : 2/24(日) 13:00-16:00

■場所 : 東京都墨田区ビックシップ 2階和室

■参加費 : 1500円

■お申し込み先 : インフィニティー 上谷和美  http://infinity-sp.com/mail.html

 

インナーチャイルドの癒しは必要?

こんにちは。

いよいよ寒くなってきました。年末になってきましたね。

 

今日は「感情」をテーマにもう少し深めて書いてみようと思います。

 

ネガティブ感情が出てきた時、インナーチャイルドを癒すと云う言葉をよく使っています。

私もインナーチャイルドを癒すワークを沢山行ってきました。

今思うと、インナーチャイルドを癒すという事に違和感を感じています。

 

そもそもインナーチャイルド自体、存在しないのに自分の中にそのような偶像を作り上げて本来の自分と分離させている事や、インナーチャイルドを癒すと称して自分に素直になる事を誤魔化していると思うようになりました。

それが、更に分離の世界を作り出しているように思うのです。

 

イメージの世界を作って自分が感じている感覚を具現化してストーリーの上塗りをしている感じ。

そうすると感情を受け止める時もズレが出ていたように私は思います。

 

「インナーチャイルドの感情を癒す」と言っていた時は、インナーチャイルドの感情を受け止めるのではなくてインナーチャイルドが傷として持っている状況を理解して、「だから私は寂しかったんだな」って感じで自分の内側の出来事を理解して終わっていたように思います。

根幹の感情を受け止め、感情に寄り添う事までしていなかったのです。

理解することは単に知るだけで、傍観している感じ。

寄り添うことは存在を受け止める事。

 

理解は結局必要なく、感情を素直に受け止めるだけで良かったのだと今更ながら気付いたりしました。

 

インナーチャイルドと言っている事は、過去の幻想から作られたイメージの世界が強化され、今感じている感覚から離れ理論で誤魔化かされていくように思うのです。

 

感情を受け止める事を自分に許す事が出来るようになるとインナーチャイルドの概念も不要になるようです。

 

 

その先にあった喪失感

前回からの話で、自分は居ないと云う気付きの話をしたいと思います。

一番最初の体験は自分のエネルギーは全てと一つで繋がっていて、自分と言う個体は自分ではなくて、宇宙の一部でしかないと感じた事。

これは大きな喜びで至福の体験でした。

 

そして、今度は思考の観点からの気づきで「自分を安心させたいから説明を求め納得させる」と分かり、 自己の存在が露わになりました。

納得することに執着せず、分からないままにしておくことで自己から離れることができ、自己はおらず、『意識』だけが宇宙の流れの中にある真の存在だと分かってきました。

私はこれに触れた時に、何故か心の底で喪失感を感じたのです。

自分が死ぬ恐怖とは違い、自分の人生が無くなる喪失感です。

自分の人生はコントロール出来ないと十分に理解しているのにも関わらず、これに気付いた時には土壇場に追いやられた動物のように自分の人生が無くなってしまう恐れや喪失感を感じているのです。

 

「私は居ない」   本などを読んで理解することを憧れていた言葉ですが、ここに来て、その意味が私の身体にのしかかって来た時には抵抗している私がいます。

正しく言えば、その感覚を受け入れれないのと、それを受け入れた時に次元の違う世界に入り込んで平衡感覚を失うようになる感じがしているのです。

 

正直、至福はなく、こんなハズじゃ無かったって感じです。

一体私は何を求めていたのでしょうか。

幸せの青い鳥を求めていたのでしょうか。

『真実』と言いながらも幸せなゴールを求めていたのだろうか。

ここに来て、自分のエゴを見せつけられて苦笑するしかない感じです。

 

自己を満足させるために自己探求が始まり、自己探求はエゴのエネルギーが動力で動いていて、気付いた事でエゴエネルギーがシャットダウンされ自己満足ではなくて自己消失でした   って物語。

 

ストーリーから抜け出す。

でも、慣れ親しんだストーリーの舞台から降りるのは怖いのです。

 

変な話ですね。

そして、その怖さを感じている私は誰?

 

力を入れて握りしめている限り、終わりのない禅問答が行われます。

その力を緩めてえ手放した時に落ち着くのかも知れません。

ちょっと今は、平衡感覚を失ったような重力の違う次元に居る自分と一緒に過ごしている私です。

★★★インフィニティーのお知らせ★★★

■非二元好きの方のお茶会

10/ 21にお茶会をします。

ご興味のあるかたはご参加下さい。

詳細はこちら

非二元の好きな方のお茶会 二回目

 

色んな角度からの『ありのまま』

こんにちは。まだまだ暑いですね。

最近思う事は、『ありのまま』っていう言葉をよく聞いたり口にしたりするけど、色んな角度からの『ありのまま』があるよなー、って思うのです。

 

ゲシュタルトでも『ありのまま』と言いますし、非二元の本の中でも『ありのままの存在を認める』なんて言うし、多くの人がその言葉を使って会話をしています。

『ありのまま』は文字通り、見たものそのものあるがままなんですが、でも、この『ありのまま』って言葉、使う人や受け取る人によって様々な理解があるように思うのです。

 

そして時々、私はどの『ありのまま』なんだ? って思うのです。

私が混乱する『ありのまま』…

 

一つ目の『ありのまま』は

起こっている出来事を『ありのままでいい』と片付けて、自分の感情やそれらの出来事で感じている感覚に触れないようにして逃避するための都合の良い『ありのまま』。

自分の内側に触れず、思考だけでその場をやり過ごす感じです。

私は以前までこれをよくやってました(笑)

今も思わずやってしまうかな。

本などの知識から状況を理解して思考で整理して蓋をしてしまう感じですね。

 

二つ目の『ありのまま』は

自分の内側で起こっている感情を感じ、それが起こっていることをそのまま許していく『ありのまま』

怒りも悲しみも喜びも味わいながら、個人の感覚に起こることに任せていく『ありのまま』

これは私にとっては、それを感じる勇気と感情と一緒にいる事を自分に許す感じです。

 

三つ目の『ありのまま』は

個人の感覚からも離れ、エネルギーとして起っいるだけの事を全体の流れの中で体験していく『ありのまま』

全ては何も起こっておらず、ただその事が存在しているだけで安心感ともとに体験を観ている感じです。

 

どの視点の『ありのまま』でも、それがその人に必要な形の『ありのまま』だからそれでいいと思うんだけど、私は「今の自分はどのありのままを味わっているんだろう?」って迷子になる時があります。

 

そんな中で思うのは、三つ目の『ありのまま』は二つ目の事をやらないと三つ目と一つ目が分からなくなっちゃう事。

 

まだまだ私は三つ目の『ありのまま』には、一足飛びには行けず個人的な身体感覚をじっくり味わい付き合い、それを感じる事を許した時に個人的感覚から抜け出しエネルギーとして、それらを俯瞰して見ることのできる視点に変化していくように思います。

ネガティブな事であれば、そのエネルギーを持っている自分個人を受け入れ統合していく感じでしょうか。

 

自分個人の内側の癒し切り離した自分を取り戻す事で、個人としての統合が起こり本当の意味での安心感を得れるように思います。

私たちは多分、この意味での『ありのまま』を求めているように思います。

 

そして、その先には個人の肉体を超えて、全てがエネルギーでしかなく、そのエネルギーの現れでしかないと安心感と共に存在出来るように思うのです。

『ありのまま』と言いながら私たちは安心感を求めているのでしょうね。

 

★★★

インフィニティーではワークショップやカウンセリングを行っています。

ご興味のある方はHPをご覧下さい。

http://infinity-sp.com/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深まる体験、そして少し恐ろしさ

先日、散歩をしていた時に面白い感覚になりました。

中野さんのリトリートで、私にとってはとても深い体験をして、その感覚を身体に浸透させつつも感覚が薄らいでいく日常生活に戻っていました。

 

そんなある日曜日、日課にしている散歩に出かけました。

いつも歩く神社の公園。

その日も同じように歩いて、いつもと同じ木々が茂る中に入った時、何か違う感じがしたのです。

 

いつもと同じ木々の風景の中に、何か生命のエネルギーのようなものを感じるのです。

『生命力』って言葉が頭の中に響きます。

私は鳥肌が立ってきました。

何か物凄いエネルギーのようなものを感じるのです。

鳥たちにも雑草にも大地にも…、その空間全体が生命力とか生命のエネルギーに溢れている感じ。私の心と身体がゾワゾワします。

『生命力』って…、なに?

 

私の生命、木々の生命、草や鳥たちの生命。

全てプロセスの中で生老病死を辿る。

私の身体も60兆個の細胞で作られた有機体で、木々や草や鳥と同じ有機体として生命を持ち、この場に存在している。

この場にいると、全ての生命エネルギーが一つになっている感じなのです。

私は全体性の中の一部…。

全てのエネルギーは一つで、私個人はおらず、木々も私も同様で一つのもの。

個体はあるけれど感じられず融合している感じ。

 

私は訳がわからず、立ち尽くしました。

訳が分からないと云うのは言葉に出来ない感覚なんです。言葉では無くて感覚で身体全体でそれを受け取っている感じなのです。

私は呆然とその木々の中に立ち尽くし、そのエネルギーに溶け合い、存分に豊かな感覚を味わっていました。

気付くと30分ぐらいその場で立っていました。

穏やかで豊かな時間でした。

 

何だろうか、この感覚。

中野さんのリトリートのブレスワークで体験したエネルギーと同様だけど、今度は優しく融合して私が木々や鳥や空間と溶け合った体験でした。

 

最近、理解では無いところで体験が進んでる気がします。

全てエネルギーは一つで私たちはそのままエネルギーの現れなのだと、理解ではないところで浸透してきているように思います。

 

そして、少し今まで理解していた常識からズレていく恐ろしさも感じています。

 

★★★インフィニティーのお知らせ★★★

■非二元好きの方のお茶会

10/ 21にお茶会をします。

ご興味のあるかたはご参加下さい。

詳細はこちら

非二元の好きな方のお茶会 二回目

 

その他、カウンセリングやワークショップを行っています。

HPをご覧下さい。

http://infinity-sp.com/