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過去の幻想は今も息づいている

こんにちは。久しぶりにブログを書きます。

ブログを書きたいと思いながらも、なかなか書けなかったのは最近、身体に意識を向けて「今」にいる事を意識していると、うまく言葉には表せないのですが日々の受け止め方が変化してきてて、その変化を言葉に出来ないまま時間が過ぎていました。

 

身体は「今」にしかおらず、今この一瞬一瞬のありのままを教えてくれています。

そんな時間を過ごして言葉通り「あるがまま」、今起こっていることは目の前のこの事だけなのだと腑に落ち出している状態でした。

 

ところが、その腑に落ちていたはずが、突然パニックになりました。

それは、先日トラウマケアの勉強会に参加した時に、私がデモンストレーションでクライアントになったときの事です。

クライアントとしてのテーマの入り口は身体の不調でした。

私は日々の仕事の忙しさから、深く息が吸えていないことに気付いてました。その不調から自分の内側を探っていくと、思いもよらぬ子供の頃の辛かった思い出が出てきたのです。

私の感情は今まさに、その事が今起こっているかのように動揺して恐れ涙が溢れます。恐怖感を抱えて硬直している自分に気づきます。

今、そのことは起こっていないのに、まさに私は過去のその現状にいる状態でした。

そんな自分がまだ居ることを知って愕然としました。

そして私は、今でもその恐怖を持ちながら社会生活で同じことを繰り返していたことにも気付いたのです。

心理学的に云えば、複雑性トラウマを抱えて、それによって似たような状況になると同じパターンを繰り返して過去と同じ苦しみを味わっている状態と云う事です。

 

私は本当に驚きました。

そもそも自分にトラウマがあった事。

それに全ては今ここにしか無いはずなのに、過去の記憶に囚われていた事。

過去の経験によって、今の状況を自分が作っていた事。

過去の体験が今の私の感情をこれほど揺さぶる事。

 

全ては「今」でしか無く、過去は幻想だと思っていたのに、その過去の記憶に苦しみ恐れ今のこの状況を作っていることを私は理解できなかったのです。

でも、身体は明らかに恐れ震えて反応しているのです。

正直、この状況をどのように理解していいのか分かりませんでした。思考では整理が付かず理論的に解釈が出来なかったのです。

 

あれから、3日が過ぎて体験が身体に馴染んできた時に、やっと自分なりに起こった事をただ受け止めれるようになってきた気がします。

過去の記憶で怯え恐れ、それが浮上して今を形成しているとしても、それすらも良し悪し無く受け入れていくことや、その感情がある自分を認めていくこと、もっと云うならそう云う自分に出会えたことを受け入れることを今味わっています。

過去の記憶は幻想かも知れません。

でも、その記憶から浮上してくる感情は「今」の私の一部なんだと受け入れることが、まさに今にいることなんだと少しずつ感じている私です。

まだまだこの感覚やトラウマ体験は私の癒されていない部分として扱っていきたいと思っています。

 

こんな話も含めて、あなたの非二元のお話を一緒にしませんか?

非二元好きな方が集まっておしゃべりする会を作っています。次回は1/18(土) 和室でお茶とお菓子を食べながらみんなでおしゃべりする時間です。

ご興味のある方はご連絡くださいね。

 

★★★ワークショップのお知らせ★★★

ワークショップを開催しています。詳しくはWeb をご覧ください。

お申し込みはこちらhttp://infinity-sp.com/mail.html

■非二元好きの方が集まってお喋りする会『非二元好きの方のお茶会』

1月18日(土』13:00ー16:00

■自分のありのままの今を気付く方法のゲシュタルト療法『誰でも出来るゲシュタルトワーク』

12月21日(土) , 1月26日(日)  各10:00ー16:00

 

■ゆっくりと和室で二人でカウンセリングセッション『フリートークルーム』

12月22日(日) ,2月22日(土)   各13:10ー14:30、14:50ー16:10

 

 

自分をダメな奴だと思っているのは誰?

秋の風になってきましたね。

今日もゲシュタルトワークに参加してきました。

特に取り上げたいテーマは無かったのですが、無いままにワークを始めてみると、そう言えば以前よりかなり少なくなってるけど、まだ「上手くやりたい」と思っている自分がいる事に触れました。

深ーく自分の内側の声を聞いていくと「私はダメなヤツだ」と、まだまだ自己否定している自分がいます。

その種が「上手くやりたい」気持ちのザワザワ感や不安感や人を妬ましく思う気持ちなどが、種から枝葉となっていろんなネガティヴな感情を芽生えさせていきます。

「私はダメなヤツだ」と自分に言ってる私。

あー、そんな自分がまだいるんだなぁとその嫌な感覚を味わっていると、

「誰が決めたの???」と問いかける私が出てきました。

あれれっ?、、、 誰が?    えっ? 私かぁ!?

 

私が自分に言ってる。私が自分で「私はダメなやつ」と選択してる。

私が自分で決めて自分を縛り付けて苦しめてる!

その事に気づきました!

 

「ダメな奴」と母が言ったり、世間が言っているように感じたりするかもしれないけど、それを鵜呑みしにて決めつけたのは私だったんだ。

笑っちゃいました。

自分で自分を何十年も苦しめてきた事に、、。  なんて事だ!

暫く呆然とする私、、、。

 

でもね、その種が根底にあったから頑張って生きてきたんだとも思うと、頑張ってた自分が愛おしくも思えるのです。

 

そう思うと自分が緩んできた感じがします。

何か大きな自縛の様なものが剥がれ落ちたような気がしました。

 

最近、似たように事に触れる事が多いです。

少し前のブログでは 「無能感を感じたくない私」に触れたり。

そこから少しまた深まって、それを起こしている本質を見破った感じがしています。

こうやって気づきのペースは自分のペースで深まり腑に落ちていくのだと思います。

何度も何度も似たようなことを気づき、それでいて螺旋のように深まり自分の準備が出来た時に自分に必要なことに気づいていくのでしょうね。

 

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幻想の世界から抜け出す ゲシュタルトワーク

先日、中野真作さんのFBの投稿にこんな事が書かれてました。

『分離という牢獄から抜け出すには、自己否定的な修行ではなく、人間としての自分の欲求や感情を全てまとめ、ありのままを十分に愛していく事。十分に泣いて、怒って、笑ってみよう。十分に味わって感じてみよう。

そうすれば自分という夢から抜け出す道が自ずと開けてくる。(一部抜粋) 』

 

とても心に沁みます。

そう、今あるのモノを無きモノにしない。

今、心の感覚や身体を通して感じていることを否定せずに受け入れていく。そうすれば自分の作り出している幻想に気づき壊していくことができると私も思っています。

 

実は、それを体験させてくれる一つの方法がゲシュタルトセラピーなんです。

ゲシュタルト療法と非二元の学び、二つの入り口から興味を持ち出した私ですが、学んでいくうちに段々とこの二つが切り離せないものだと思うようになりました。

 

ゲシュタルトセラピーは人間を一つの有機体(生物)として捉えています。

非二元は自分はいないと伝えています。

面白いですね。でも、非二元論の伝えようとしているところに辿り着こうと思うと自分を有機体として見て、この身体や思考が創り出している世界を受け取って、それが幻想だと腹落ちしてやっと幻想の世界から抜け出すことが出来るのです。

 

自分が作り出している幻想の世界に触れるのは実はとても怖かったりします。

だって身体は恐怖を感じるし、悲しみの波動も流れるし過去の嫌な体験や感情もありありと思い出されるし、場合によってはトラウマとなって身体が硬直したりと反応を起こします。

有機体の私たちはそうやって今まで自分を守ってきたのですから。

それを「全ては夢の中、私のものではない」と言ってしまったら更に今起こっていることを受け取らず苦しみが増していきます。

幻想の世界から抜け出せず、幻想の痛みに苦しめられる事になります。

 

ゲシュタルトワークはそれを安全な場所や方法で自分の作り上げてきた幻想を受け止める事ができるのです。

人間として作ってきた自分の世界。

それを知ることができるのです。

 

非二元論にご興味のある方は、興味の無い方よりも早くその夢から覚めることができると思います。

何故なら、今感じている苦しみや悲しみは十分に味わっても、それは幻想だと知っているから。だから味わっても大丈夫だと知っているんです。

 

ただ、味わいたくなくて自分を亡き者としているのなら、まずは幻想の世界から抜け出すために自分の感情を味わってみてください。

自分が作り出している幻想を教えてくれるのは身体の感覚と今に居ることです。

幻想の世界は思考が作り出すのです。

 

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『諦めた』はナイスな言葉

こんにちは。長かった梅雨が終わって猛暑が続いてますね。

先日、電車の中でふと目に入った広告がありました。

広告のタイトルは「できなくたっていいじゃないか!」と言う動物の話し。

例えば、「ペンギンは鳥なのに空を飛ぶのを諦めた。その代わりに海の中を飛ぶのを手に入れた」とか、「ヒラメは下を向くのを諦めた」とか、ちょっと笑える言葉。

 

広告を見たときは面白いなぁと思って見ていたんだけど、電車を降りても心に残っていて、〈諦めた〉の言葉が私の心をくすぐっていました。

その日は、私はファシリテーターの練習に向かっていました。少々疲れていましたが、それでも自分のスキルの低さが嫌で頑張って練習に行かなきゃと思って向かっていたのです。

 

〈諦めた〉と言うことは、何か足らないと思っている自分を「足らないままにしておいてもいい」って思うことのように思えて、気持ちが楽になった自分を感じたのです。

 

「諦めた」って聞くと、なんだか挫折のような言葉なんだけど、でも、その挫折も妄想のプライドが生み出した観念なんですよね。

私は今、電車で向かっている行く先は、プライドで成し遂げたいことなのか、それとも好きだから行くのか。そんな事に触れていました。

もし、今の行動はプライドのために達成したいと思ったのなら、ちょっと立ち止まってみてみるのもいいんじゃないかなぁ。って思ったんですよね。

 

◯◯することを諦めた… と思うと、私の行動を突き動かすものは「好きか、嫌いか」と、とってもシンプルなものになっていきます。

なんだか、これだけでいいように思えてきました。

それが好きか好きじゃないか。

 

心が好きだと思えば、その時間を純粋に楽しむし、それがその人の在りようのように思います。

そんな風に生きていく選択の ものさし を「好き か 好きじゃないか」に変えていくのはシンプルで宇宙の流れに乗ってるように思いますね。

好きだからする。好きなことをする。

今していることは好きな事なのか?

シンプルに好きな事を選択する。

それが『自分らしく生きる』と云うことに繋がっていくように思います。

 

 

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自分が作り出してる世界

こんにちは。

私のブログにようこそ。

私は仕事やプライベートで新幹線に乗る機会が多く、今日も新幹線で名古屋に向かっています。

新幹線に乗っている時間は私の好きな時間でもあります。

自分一人でゆっくりと本を読んだり考え事をしたり、誰にも邪魔されずに自分の時間を楽しめます。

今日も新幹線のシートにゆっくりもたれながら、ふと心に引っかかっていた事を思い出していました。

その問題を考えていると、「無能感を感じたくない自分」が浮き上がってきました。

 

最近、自分の感情を見つけるとワークの題材が見つかって、ちょっとワクワクしたりします。

早速、一人ワークを始めてみます。

しかし、何故か感情を味わうよりは自動的に理解することに思考が動いたり、他のことで気を晒そうとしていたりする自分がいます。

そこを体の中に起こっている感情や感覚に意識的に留まり続けます。

今ある感覚や感情をただ感じるままに味わうワークを新幹線の中で一人でやり続けます。

 

無能な自分を感じたくないから抵抗して自分を守っている感覚。

身体を硬くして息は浅く身体に力が入っているのが分かります。

自分が無能だと感じることの恐れ。

「無能だ」と自分に烙印を押す もう一人の自分。

無能だと知られると見捨てられる不安。

無能だと感じないように自分を守ってきた自分。

 

色んな感情の私が見えてきます。

それらを眺めていると、自分がどれだけ優劣の世界にいたのかに気付きます。

優劣の世界で色んな感情の私を作り出していたことにも気付かされます。

そして、優劣の世界も自分が作り出した世界だったことに気付きます。

 

全部、自分が作り出した世界の中で自分が抵抗して、恐れて、回避するように頑張って、身体に力を入れて一人芝居をしていた事に気付きます。

 

それらの事に気付くと私の身体の中に昔からあった劣等感の塊が浮き出てきて、その塊が少し解けてくるのを感じるのです。

 

心の中にスペースができた感じ。

少し息がしやすい感じ。

 

自作自演のストーリーに気付いて、それを頑張ってきた私を慰める。

ある意味、癒しの時間。。。

 

ふと気づくと、東京から1時間半の名古屋に間もなく到着する頃でした。

まだ、少し無能感を感じたくない私は残っていて、これからもそんなゲームをやっているのかも知れません。

今日はそれすらも受け入れて、今のワークを終わらせていきます。

 

そして、このブログは名古屋から東京に戻る車内で書いています。

ストーリーの中に入り込んだ自分と、それは幻想だと知っている視点と、両方を行ったり来たりしている自分がいることを観察しながら、どこにもまとまらない自由な感じをそのままにおいている感じです。

 

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ストーリーと知っても感動する姿

こんにちは、皆さん。

7月になり雨が続きますね。梅雨の時期をしっかりと味あわせて貰ってます。

 

私はゲシュタルトのファシリテーターを時々ワークショップでやっています。まだ学びの段階ですが。

ファリシテーターとしてクライエントさんと向き合ってワークをしていると涙が出てくることが時々あります。

その涙はクライエントさんの話の内容が悲しいから溢れてくるのではなく、クライエントさんが真摯に自分に向き合っている姿に感動して涙が出てくるのです。

一生懸命に自分に向き合っている姿に私は心を打たれます。

 

この目の前にある問題は非二元の視点から見ると現象のストーリーに過ぎないと思います。

でも、その問題に向き合って自分の弱みや醜さを曝け出して正直になっている人間の姿に感動を覚えるのです。

 

本来なら私は誰かをサポートする必要もなく、誰もが宇宙の流れの中にいます。

だから、このワークすらストーリーです。

 

心理療法の学びやワークは全て現象世界でのストーリーのゲームと気付いていながら、それでも私はそのゲームが好きなのだの思うのです。

ただ存在していながらも、その生きているストーリーのゲームを真剣にやってみる。

五感で感じで起こる「今ここ」の現実の世界で真正面から生きていることに向かっていく。

そんな人間臭さが美しくもあり感動で涙が出てくる。心が震えます。

だから、私はそのゲームが好きな存在なんだと思うのです。

そして、その私という存在がこの宇宙にただ在るだけなんだなぁと今の自分を見ています。

現象世界を通して、この身体が感じることを受け止めて「好きだ」と湧き上がる感情や感覚を感じながら生きていく。

そんなことを確認しながらワークショップに参加したり、提供したりしている感じがしています。

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非二元へと続く個人の癒しの旅

非二元では私は居ないといいますが、なぜ、個人の癒しの旅が必要なんでしょうか。

自分の不快な感情はストーリーと知っていても何故癒していく必要があるのでしょうか。

 

私は非二元や目覚めを『理解する』という事を間違えて捉えていた時期がありました。

本を読んだり、悟りを理解している人から話を聞いたりしていると、その理解はできてくると思っていました。知識で分かっていくものだと思っていたんですね。

初めのうちは知識が増えて理解が深まるのですが、それがいつの間にか知識や理解では分からなくなっていきました。

理論をいくら手に入れても癒しは起こらず、理論の上に、また理論を求めて理論ばかりを上塗りして、結局ネットサーフィンのように「悟り」のサーフィンをやって時間ばかりが過ぎて行きます。

 

そうして、悟り はどこかゴールがあるような探求にさえ思えるのです。

私はそれをやり続けていました。

スピリチュアルな成長を目指して… みたいな感じでしょうか。

 

でも、それは結局、ここに来て思うのは理解よりも必要なことは今在るものをただ感じることでした。

理解することは、体が感じている感情を上手く隠してしまいます。

感じないようにするために理解した理論を使って思考で片付けてしまう感じでしょうか。

 

感情を感じる。受け入れる、在るものを在るものとして素直に認める。恐れている自分を認める。タダをこねてる自分の感情を認める。

自分はいないはずなのに、何故自分の感情を扱うのか…。そんなパラドックスにも陥ったりします。

今もそれの繰り返しです(笑)

 

でも、その個人の持っているストーリーを充分に受け止めて認めた時に 理解では得られない、無条件に起こる体の底からの癒しを感じるのです。

癒した時にストーリーだと納得をしてストーリーを止めることが出来ます。

 

ストーリーが終われば自然とこの身体にはエネルギーが立ち上がり、この身体に流れている本来のエネルギーが動き出します。

それはその身体が持っている宇宙と調和したエネルギーなのだと思うのです。

 

それがある意味、個を超えた善悪や優劣のない世界だと思うのです。

その体験は本を読んでも体験できず、思考で理解できるものでもなく、ただ自分の持っているストーリーと向き合うだけのように思うようになりました。

 

だからこそ、日々の生活を感じながら生きていくのは 悟りへの大切なプロセスだと思うのです。

 

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思考で片付けてしまいがちな感情

こんにちはー。どんどん日差しが強くなってきましたね。

もうすぐ梅雨に入る感じですね。

最近、夜中に目が覚めて眠れなくなることがあります。

考えが湧いては流れ、また湧き上がりグルグルと回り出します。

こんな時、思考を眺めていると次から次へと止めどなく湧き上がるのを目撃します。

思考もコントロール出来ませんので、思考が起こっていることを眺め、体の外側で起こっていることを眺め、そして体の内側で起こっている感覚を眺めてやり過ごしています。

思考と気づきの意識が離れて自分という一つの存在を見ている時間になります。

 

思考が織りなす分析や想像の世界を横に置いておくと、ちょっと間違えてしまうのが「今、感じている感情」も横に置いてしまうことではないでしょうか。

これは私がやってしまいがちなんですが…(笑)

沸き起こる感情を「ただ起こっていること」と分かったような言い訳をして、感情に触れないようにしていたりする事が往々にして私の場合はあるんですよね。

 

感情に寄り添わず、分かったつもりのすまし顔で「そんな感情があるのね〜」って気付くだけ。感情の放置です。

そんな時、ワークを通じてその感情をじっくりと味わい自分の体の中にある感情の波動を受け止めることをやってみます。

そうすると、この作業がどれだけ癒しに繋がるのかを実感し本当に心から安心感を味わいます。

 

この思考が持っている観念や思い込みは、この体の経験を通して自分を守るために作ってきたルールなので、そこに触れた時に私の感情は波打ちます。

それは悲しみだったり、寂しさだったり、恐れだったり味わいたくない感情なので、それらの感情の再体験をしないように観念を作り私を守っています。

 

この観念はストーリーの中にあるルールだけど、今を癒していくにはストーリーだと知っていても向き合う必要があるのだと思います。

もしかしたら、ストーリーだと知っているから向き合えるのかも知れません。

その観念や経験が本当の事なんだと思っていたら、向き合うのさえ怖くて見ないふりをしてしまうと思います。

 

ストーリーが作り上げたルールを少し離れた意識から観察しながら、ストーリーの中に入り込んで味わい受け止めていく。

上手く言えないけど、最近はどっちの世界も行ったり来たりしている感じです。

と言うか、どっちも近くなってきた感じですね。

ストーリーだと知りながら、ストーリーから作り出した感情にしっかり向き合う。

 

最近の私の興味はここにあります。

ストーリーと知りながら、ストーリーに向き合う。それは 、この身体が五感で感じている「今」の瞬間の真実の感覚だから。

 

癒しは思考の中に無くて、「今」の中に見出すことが出来ると思います。

 

 

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非二元とゲシュタルトセラピー

こんにちは。

GW真っ只中、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

後半になってお天気も良くなり、散歩していても気持ちがいいです。

新緑の木々が太陽照らされ、葉が風に揺られ子供の声が聞こえてきます。

私はのんびりとカフェで  ここに居る  感覚を味わい、「私は今何に気付いていますか?」と自分に問いかけて丁寧に自分の身体の内側と外側の出来事にコンタクトをしてこの場を過ごします。

この問いかけはゲシュタルトセラピーで使う問いかけです。

 

私はセッションでゲシュタルトセラピーを使っています。

非二元と云う分野を追求していくと、ゲシュタルトの関わりや考え方は非二元にとても近いと思っています。

ゲシュタルトの場合、人間を有機体と捉えていて、その有機体は心地良く生きていく方法を知っていて、その力を持っています。

体の中で何かを欲求すれば、それに気付き欲求を満たし、外側の状況は身体の五感を使って察知し、それに合わせて対応をして自分が心地よく生きる方法を選びます。

外部領域と内部領域にコンタクトをしていれば迷いなく生きていくのですが、人間の場合、中間領域と云う思考が働き始めます。

中間領域の思考とは過去や未来の想像をしたり善悪をつけたり評価をしたり、人から教えられた価値観を取り入れたりと、体験とは違う想像の世界です。

その想像の世界が自分の本当に表現したいことを止めてエネルギーの滞りを起こしています。

例えば、感情も身体の中で沸き起こる大切な表現の一つです。

怒りたいのに怒ることを我慢したりする事は誰でも経験があると思います。

怒りは自分を守るための大切なエネルギーです。自分を守るためのエネルギー(戦うや逃げるなど) で外に出るエネルギーですが、外に出さなければ内側に留まり自分を傷つけます。

自己否定、自傷行為、自己の抑圧、ありのままの自分ではいけない感覚。

 

だから、自分の身体の内側で起こっているエネルギーをありのまま感じて表現してもらう事で次のプロセス(解決)へと自然と自ら流れていくのです。

 

非二元と何処が似ているかって言いますと、

その起こっている感覚をじっくりと感じる事で、自分のありのままを受容し思考が勘違いして作り上げたアイデンティティの自分を見つけ出し、受け止め癒していける事です。

全ては一つだと言いながらも、自己のアイデンティティを受け止めず否定していては一つにはなれず分離を作り上げていきます。

自己の分離はいつまでも外側の分離を生み出します。

内側で沸き起こる感情や痛みを受け止め癒す事で、自分の分離を無くしていき自分が作り上げてきた自己のアイデンティティに気付きます。

そして、それは自分だと勘違いしているアイデンティティだと気付き、それを守らなくてもよくなってくる感じがするのです。

そう、『自分』と云う同一化から離れることが出来るチャンスだと思うのです。

 

私は非二元と言われている世界を探求しながらも、人間臭い日々のドラマが好きです。

非二元を知れば苦しみは無くなり愛だけが残るのではなくて、日々の日常は繰り返されていて苦しみや悲しみや怒りや嬉しさがある人間臭さが同時に起こっていて、それがある事を許されたり受け入れられたりしていくと思うのです。

本来なら幻想の世界なんだけど、それでも今この瞬間に感情が湧いてくる肉体が有り、ある事を許していく。知っていく。

在るものを無いものにしない。全てあって良し。全ての感覚をこの意識が体験している。

 

その体験が自己同一化から少しずつ離れ、幻想のストーリーを作らなくなるように思います。

そんな風に今は捉えています。

そんな観点から見てゲシュタルトは私にとって役立つ療法になっています。

 

良かったら一度、ゲシュタルトセラピーを体験しに来てみてくださいね。

また、おいおいゲシュタルトを通しての非二元に通じる私の感覚を書いてみますね。

では、またね。

 

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自己信頼を育むプロセス

こんにちは。

ブログを読んで頂いてありがとうございます。

間もなく10連休のGWですね。皆さんはいかがお過ごしでしょうか?

以前の私の連休の過ごし方と云えば、長期滞在型の心理系ワークショップの参加でスケジュールが埋まっていたものです。

そこで自分に向き合い、何かを教えて貰えば本来の自己に出会えると思っていたからです。

 

教えて下さる方々は素敵な方ばかりで、ある意味憧れの人でもありました。

自分に向き合うのはとてもいい体験の時間だと思います。

しかし、私はその憧れの人から 「何かを学びたい」とか、「その人に教えて貰えば本来の自己に出会えて自己信頼を持って豊かな人生を送れる」と思っていたのです。

自分の核となる部分を外側に預けて依存していた状態だったようにも思います。

素敵な男性と巡り合えば幸せになれるとか、宝クジに当たれば豊かになれるとか、の感じでしょうか。アレがあれば自己信頼が芽生えてくると云う思いです。

健気に頑張っていた時期のようにも思います。

それがプロセスとして必要だったことも理解できます。

 

そして今は、自己信頼は「今」を感じる事を許していく事で少しずつ芽生え始めると思っています。

実は芽生えるのではなくて、自己信頼は最初から無くなりも有りもしなかったことに気付くのです。

そう、悟れば自己信頼や豊かさが来るようには思えず、ただ在ることを在るように受け止めて身体の中で起こる感覚を味わい、その感覚さえもプロセスとして受け止めていく感じがします。

 

自己信頼が欲しかったのは思い違いをしているエゴの恐れからのように思うのです。

 

しかし、このプロセスで私が経験したことは、まずはこの身体で起こっている感覚に触れて、感覚がある事を認めて許していくステップが大きな鍵になるという事です。

それは誰かに教えて貰うのではなくて、ただ感じていく作業だったのです。

 

これからも心理系のワークショップに参加すると思いますが、依存的ではなく憧れの人と時間を共有する事で何が起こるかを楽しみにしていくのだと思います。

 

沢山の憧れる指導者がいて、学びをさせて貰い、自分の痛みを自分で受け止めれなかった時には受け止めて貰い、そして次のプロセスとしてここに居る感じです。

 

もしも自己信頼や自己肯定感が欲しいと思っているならば、何処かで探すのではなくて、一日一日の自分の感覚に触れて感覚があるのを許していく事で自分を取り戻せるようになると思います。

誰でも自分の内側にその力があります。

では、またね。

 

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